非外科的部分痩身治療ガイド
脂肪冷却(クライオリポリシス)
作用機序
脂肪冷却(クールスカルプティング等で知られるクライオリポリシス)は、脂肪細胞が水より高い温度で凝固する性質を利用した技術であるmhlw.go.jp。吸引式のアプリケータで皮下脂肪を挟み込み、組織を約**−10℃前後まで冷却**することで、脂肪細胞に選択的な低温ストレスを与える。これにより皮膚など他の組織を不可逆的に損傷することなく、脂肪細胞にアポトーシス(プログラム細胞死)を誘導し、その後マクロファージによる貪食・除去が進行するmhlw.go.jp。徐々に炎症性の処理を経て脂肪組織が縮小し、治療部位の脂肪層が徐々に減少する。一連の過程は数週間〜数か月かけて進行し、その間に血中脂質など代謝指標に有害な変動は認められていないmhlw.go.jp。
臨床適応部位と施術選定基準
脂肪冷却は**部分的な皮下脂肪の突出(いわゆる「脂肪のたるみ」や「ポケット」)**に適応される。代表的な治療部位は腹部、側腹部(いわゆるラブハンドル)、大腿(外側・内側)、臀部下のバナナロール、上腕部、背部(ブララインの脂肪)、顎下(サブメントン)などである。施術選定の基準としては、以下のような条件を備えた患者が理想的であるcdn.mdedge.com:
- BMI 30未満(肥満ではなく、局所的脂肪蓄積が主な悩みであること)
- つまめる皮下脂肪が十分ある(少なくとも2〜3cmの皮下脂肪厚があり、アプリケータで吸引可能)cdn.mdedge.com
- 皮膚の弾力が良好(治療後に皮膚のたるみが生じにくいこと)cdn.mdedge.com
- 治療部位に大きな瘢痕やヘルニアがない(冷却装置の装着に支障がなく安全に行えること)cdn.mdedge.com
過度の肥満患者では効果が目立たず、体重減少が優先される。また、クリオグロブリン血症、寒冷蕁麻疹、寒冷凝集素症など寒冷に対する特殊な過敏症や症状を持つ患者は禁忌とされる。治療部位に開放創や重度の皮膚疾患がある場合も避ける。
使用される主な医療機器
脂肪冷却装置の代表例はクールスカルプティング® (CoolSculpting)である。米国Zeltiq社(現Allergan社)が開発し、部分痩身用として世界的に普及した。本邦でも2017年に薬機法上の承認を取得した医療機器であり、クラスIIに分類されるpmda.go.jpmhlw.go.jp。クールスカルプティングには様々な形状のアプリケータがあり、部位に応じて使い分ける(例:腹部・側腹部用のCoolCore/CoolMax、大腿外側の平坦部位用のCoolSmooth、大腿内側や上腕用のCoolFit、顎下や膝上等小範囲用のCoolMiniなど)pmda.go.jppmda.go.jp。その他、類似の脂肪冷却装置としてクールテック (CoolTech)、クラツー (Clatuu)などが欧州やアジアで使用されているが、臨床エビデンスの蓄積という点ではクールスカルプティングが突出している。
治療プロトコル
1回の施術でアプリケータを装着し、35〜60分程度かけて冷却を行うのが一般的である(機種やアプリケータによって時間は異なる)。冷却温度は機器により自動制御され、多くは約−9℃前後に設定される。施術後は、凍結された脂肪をほぐす目的で数分間のマッサージを行うことが推奨される。マッサージにより脂肪減少効果が高まるとの報告もある。施術回数は部位や皮下脂肪の厚みにより異なるが、1つの部位につき1〜3回程度の施術で十分な改善が得られることが多い。複数回施術する場合、施術間隔は少なくとも8週間(約2か月)以上あけることが推奨されているmhlw.go.jp。臨床試験でも6〜8週間隔で2回治療したプロトコルで安全性と効果が検証されており、この間隔を短縮しないことが安全性確保の観点から重要であるmhlw.go.jp。治療効果が安定して現れるのは施術後約2〜3か月であるため、追加施術の要否判断もその時期に行う。施術部位が複数にわたる場合は、同日に複数エリアを同時治療することも可能である。
臨床エビデンス
脂肪冷却の有効性は多数の臨床研究で検証されている。代表的な治験では、腹部や側腹部の皮下脂肪厚について治療前後12〜16週後に超音波で計測し評価した。その結果、脂肪厚は平均1.3〜4.9mm減少し(施術前比で約20%前後の減少に相当)、被験者の満足度は5段階中3.68〜4.68と良好な評価が得られたmhlw.go.jp。写真による第三者評価においても、治療前後写真を正確に判別できた割合が有意に高く、プラセボ同様の非治療部位と比較して部分痩身効果が統計的に有意であることが示されているmhlw.go.jpmhlw.go.jp。また、治療後の血液検査でコレステロールや中性脂肪など脂質プロファイルに有意な変動がみられず、脂肪分解による肝機能や脂質代謝への悪影響は認められなかったmhlw.go.jpmhlw.go.jp。以上から、脂肪冷却は確かな部分痩身効果と代謝的な安全性がエビデンスとして裏付けられている。
治療効果の定量的評価方法
施術による脂肪減少効果を客観的に評価するために、以下のような定量的評価法が用いられる:
- 超音波検査(エコー): 皮下脂肪の厚みをミリメートル単位で計測する標準的方法mhlw.go.jp。治療前後で同一部位を計測し、脂肪層厚の変化量を評価する。
- 体囲・周径測定: 腹部や大腿などではメジャーによる周径測定も行われる。例えばウエスト周囲径の変化が指標となり、HIFUなど他の治療との比較でも1回治療で平均2〜5cmの減少が報告されているcdn.mdedge.com。
- 皮下脂肪計測(キャリパー): 皮膚脂肪厚計(キャリパー)でつまみ測定するシンプルな方法。精度はやや劣るが手軽に繰り返し測定可能。
- 画像解析: 研究目的ではMRIやCTで脂肪層の体積変化を解析することもある。また、近年では3D光学スキャナによる体表面の容積変化測定も用いられ、ミリリットル精度での体積減少を可視化できる。
- 体脂肪率測定: 部分痩身治療では全身の体脂肪率変化はわずかであるため指標としては鋭敏でないが、大規模部位を治療した場合に体組成計やDEXAで全身の体脂肪率・脂肪量を参考記録することもある。
定量評価はできるだけ同じ条件・手法で治療前後を比較することが重要で、特に超音波では同一プローブ・プロトコルで測定する。写真評価は定性的ではあるが、患者の見た目の変化や左右差の有無を総合判断する目的で併用される。
合併症とその予防・対処法
脂肪冷却は非侵襲的手法の中でも安全性が高いが、いくつかの合併症リスクが知られている。臨床試験では施術直後に発赤(紅斑)やしびれ感といった軽度の反応が高頻度にみられたが、重篤なものや永続的な有害事象は報告されていないmhlw.go.jp。以下に主な合併症と対処法を示す:
- 一過性の知覚鈍麻・神経痛: 治療部位の皮膚感覚が鈍くなったり、数日後から神経痛様の痛みが生じることがある。これは一時的な末梢神経への低温障害によるもので、通常数週間以内に自然軽快するmhlw.go.jp。対処としては、必要に応じNSAIDsなど鎮痛剤を投与し経過観察する。冷却後のマッサージを強く行いすぎないことで神経への刺激を軽減できる可能性がある。
- 皮膚の発赤・挫傷: 吸引による圧迫で皮膚が一時的に赤くなったり内出血を起こすことがある。多くは軽度で日〜週単位で消退する。強い内出血を生じた場合、色素沈着が数ヶ月残る例も一部報告されているmhlw.go.jpmhlw.go.jp。予防として適切な吸引圧設定と施術後の圧迫止血を行う。色素沈着が残存した場合は外用美白剤などで経過を見る。
- 施術部位の硬結・しこり: 治療後しばらくして皮下に硬いしこり様の触知を認めることがある。これは脂肪細胞の破壊と炎症に伴う瘢痕化や脂肪組織のリモデリング過程で生じるもので、数週〜数ヶ月で軟化するcdn.mdedge.com。圧痛が強い場合は軟膏の塗布や軽度のマッサージを指導する。大部分は経過観察で問題ない。
- 寒冷火傷(凍傷): 稀に、適切に保護パッドを使用しなかった場合や装置トラブル時に皮膚に水疱形成を伴う凍傷を起こすことがある。水疱・壊死が生じた場合は熱傷と同様の創処置(消毒、軟膏・被覆、必要に応じ抗生剤投与)を行う。予防のため、メーカー指定の保護ジェルパッドを必ず使用し、冷却温度センサーの働きを常に監視する。
- 逆説的脂肪過形成 (PAH): 非常に稀な合併症だが重要なのが逆説的脂肪過形成である。脂肪冷却後に治療部位の脂肪細胞が逆に肥大・増殖して脂肪量が増えてしまう現象で、海外の市販後調査で**発生率0.014%(約1万施術に1.4件)**と報告されているmhlw.go.jp。男性や褐色人種でやや起こりやすいとの報告もあるが明確な危険因子は特定されていないmhlw.go.jp。PAHが発生した場合、自然には消失せず、脂肪吸引など外科的治療で除去するしかないmhlw.go.jp。極めて稀とはいえ患者のQOLを大きく損なうため、事前に十分説明しインフォームドコンセントを行う(後述)ことが肝要である。メーカーもこのリスクを認識しており、同意取得を施術医に義務付ける措置を講じているmhlw.go.jp。
以上のように、適切な手技と患者管理により大半の合併症は一時的かつ可逆的に対処可能である。また現在まで、脂肪冷却により悪性腫瘍を誘発したり長期的な健康被害につながったというエビデンスはない。実際、PAH症例の生検でも脂肪細胞の増生は確認されるものの悪性所見は認められていないmhlw.go.jp。
治療結果の持続期間と患者満足度
脂肪冷却で一度減少した脂肪細胞はアポトーシスと貪食により恒久的に除去されるため、効果は長期持続すると考えられる。減少した部位の脂肪細胞数自体は減ったまま維持されるが、患者が大幅に体重増加した場合には残存脂肪細胞が肥大化し部分的に脂肪が再蓄積する可能性がある点に注意する。従って、効果を持続させるには体重や生活習慣の維持が望ましい。治療効果が安定する3〜6か月後に評価を行い、必要なら追加治療を検討する。効果持続に個人差はあるが、多くの症例で1年以上良好な体形維持が報告されている。
患者満足度は総じて高く、上述の治験では被験者の約80%が見た目の改善に満足したと報告されているmhlw.go.jp。市販後の調査や臨床報告でも、1〜2回の施術で望ましい効果が得られた患者の満足度は概ね70〜90%に達する。一方で、効果が穏やかな治療であるため過度な期待を持った患者では満足度が下がる場合もある。適切な適応とカウンセリングにより、現実的な目標設定を行うことが満足度向上に繋がる。
カウンセリングとインフォームドコンセントの要点
脂肪冷却を行う前のカウンセリングでは、治療の特性と限界、およびリスクについて患者に明確に伝える必要がある。以下が主な説明・同意ポイントである:
- 体重減少目的ではない: 脂肪冷却は部分的なサイズダウン治療であり、全身の減量や肥満治療ではないことを強調するmhlw.go.jp。治療によって体重自体は有意に減少しないmhlw.go.jp。
- 効果は緩徐で複数回の可能性: 治療後すぐに変化は出ず、効果発現は2〜3か月後になること、必要に応じて複数回施術が必要となる場合があることを説明する。1回で劇的な結果を期待しないよう指導し、現実的な目標(例えば「1回で20%程度の脂肪減少」など)を共有する。
- 施術中・施術後の感覚: 治療中は強い吸引圧と冷却による圧迫感・寒冷感があるが、徐々に感覚が麻痺して耐えられること、施術後に一時的なしびれや腫れが起こり得ることを伝える。大半は軽微で日常生活に支障ないが、場合により疼痛が数日続く可能性も説明し、必要時は連絡するよう伝える。
- ダウンタイム: 外科手術のような明らかなダウンタイムはないものの、内出血による皮下斑が出た場合は1〜2週間青あざが残ることがある。また硬結が生じた場合マッサージ等で経過を見る必要がある。これらは化粧や衣服で隠せる程度だが、治療前に予定(旅行やイベント等)との兼ね合いを考慮してもらう。
- 稀なリスクの告知: 特に逆説的脂肪過形成(PAH)のリスクについては発生が極めて稀なものの必ず説明するmhlw.go.jp。生じた場合は外科的対応が必要になること、現時点で有効な予防法がないことも正直に伝える。他のリスク(凍傷や神経障害)はまず起こらないがゼロではない旨説明し、理解を得る。
- 代替治療との比較: 脂肪吸引など外科的治療との利点(ダウンタイムやリスクが格段に低いmhlw.go.jp)と欠点(効果がマイルドで即時性に欠ける)を説明し、患者の希望と適合を確認する。
インフォームドコンセント文書には上記ポイントを網羅し、患者の署名を得る。特に美容目的の自由診療であるため、治療費用についても回数の可能性を含め明確に見積もり、費用対効果への理解を得ておくことも重要である。
日本および国際的な法規制・安全指針
脂肪冷却装置は医療機器に分類され、多くの国で規制当局の認可を受けている。米国FDAは2010年にクールスカルプティングを「非侵襲的脂肪減少デバイス」として承認し、適応部位も腹部、側腹部、太腿、二の腕、顎下など順次拡大承認された。欧州でもCEマークを取得し広く使用されている。日本では2017年に厚生労働省/PMDAがクールスカルプティングを承認しており、適応は「部分的に皮下脂肪の厚みを減少させること」と明記されているpmda.go.jp。保険適用外の自由診療として使われるが、医師のみが使用できる医療機器であり、製造販売元はリスクを十分理解した医師にのみ販売することが義務付けられているmhlw.go.jp。エステティックサロン等、医療従事者でない者が無断で同種の冷却装置を使用することは違法であり、安全上も問題が大きい。
安全指針の面では、各国の厚生当局や学会が定めるガイドラインに沿った使用が推奨される。例えば、米国皮膚科学会(AAD)や美容外科学会などは適切な患者選択とリスク告知の重要性を強調している。機器の使用説明書(添付文書)も順守すべき基準を詳細に示しており、冷却温度や時間を逸脱した使用は厳に慎む。日本美容皮膚科学会などからは現時点で正式なガイドラインは出ていないが、海外論文やメーカー資料を参考にした標準的プロトコルに従うことが医師の責務と言える。また、副作用発生時にはPMDAへの不具合報告を行い、情報を蓄積・共有することが求められる。
高密度焦点式超音波(HIFU)
作用機序
高密度焦点式超音波(High-Intensity Focused Ultrasound, HIFU)は、超音波エネルギーを一点に集中的に収束させることで組織を加熱・凝固壊死させる技術である。ボディ用HIFU装置(例:ウルトラフォーマーIIIやリポソニックス)は、特定の深度に超音波の焦点を設定し、焦点部の脂肪組織温度を約56℃以上に上昇させるcdn.mdedge.com。この高エネルギーにより焦点領域の脂肪細胞は凝固壊死(熱変性)を起こし、アポトーシスとネクローシスを誘導される。一方、焦点より浅い皮膚表面や深部の組織では超音波強度が急激に減衰するため、熱損傷は狭い焦点領域内に限局されるcdn.mdedge.comcdn.mdedge.com。焦点部で壊死した脂肪細胞は周囲に炎症性シグナルを発し、マクロファージが集積して細胞残骸や放出された脂質の処理を行うcdn.mdedge.com。最終的に壊死組織は線維化・収縮し、局所的な脂肪層の体積減少と多少の皮膚引き締め効果も生じる。HIFUは物理的な刺創を伴わず体内で熱損傷を起こす点が特徴で、エネルギー量・焦点深度を調整することで選択的に皮下脂肪のみを標的とすることが可能である。
臨床適応部位と施術選定基準
HIFUによる脂肪減少は、腹部や腰部の輪郭改善や大腿・臀部の部分痩身を目的に用いられることが多い。また顎下脂肪(いわゆる二重あご)に対して用いる例もある(顔面へのHIFUは主にリフトアップ目的だが、特定の設定で皮下脂肪を減らすことも可能)。適応となるのはクライオリポリシスと同様に中等度までの局所脂肪蓄積で、以下の条件を満たす患者が良い候補となる:
- BMI30未満で、脂肪吸引など外科治療には抵抗があるケース
- 皮下脂肪厚が少なくとも2.5cm程度以上あり、HIFU焦点を安全に設定できることcdn.mdedge.com
- 皮膚の弾性が保たれ、治療後の皮膚たるみが問題とならないことcdn.mdedge.com
- 治療部位に金属プレートや機器、刺青などがなく、超音波エネルギーの妨げがないこと
HIFUは超音波を当てるため、骨に近接した部位ではエネルギー反射による痛みが強く出ることがある。例えば肋骨上の薄い脂肪や、膝など骨ばった部位は注意が必要である。また、内臓直下の薄い脂肪層(例えば痩せ型の人の下腹部)では焦点が筋肉・内臓に当たるリスクがあるため適応外となる。したがって、ある程度脂肪厚があり超音波焦点深度(一般に1〜2cm)に脂肪が収まる部位に限って施術することが安全上重要である。
使用される主な医療機器
部分痩身目的のHIFU機器としては、米国Solta社のリポソニックス (Liposonix®)が早期から開発され、2011年にFDA承認を取得した(腹部および側腹部の非侵襲的腰囲減少目的)cdn.mdedge.com。リポソニックスは集束超音波で1cm^2あたり約100〜150Jという高エネルギーを照射し、一度の治療で2〜3cmの腰囲減少を得るコンセプトであった。その後、第2世代・第3世代の機器としてウルトラフォーマーIII(韓国Classys社)やウルトラシェイプ (UltraShape®)(イスラエル)、**ライポセル (LIPOcel®)などが登場した。ウルトラフォーマーIIIは日本でも多くのクリニックに導入されている装置で、顔用とボディ用のカートリッジを交換して使用する。ボディ用には深達度6mm、9mm、13mm等の焦点深度の異なるカートリッジがあり、部位に応じて選択する。一方、UltraShapeは従来型超音波による空洞化現象(キャビテーション)**で脂肪細胞膜を破壊する方式で、熱ではなく機械的破壊を主体とする点がHIFUと多少異なるが、非侵襲脂肪融解装置として位置付けられる。
なおウルトラフォーマーIIIは韓国KFDAの認可を受け広く使われているが、2025年時点で米国FDAには未承認であるpmc.ncbi.nlm.nih.gov7dermacenter.com(Ultheraのような顔用HIFUは承認取得済)。日本では、顔のたるみ治療用HIFU(ウルセラ等)は厚労省承認済みであるが、脂肪減少を目的としたHIFU機器は未承認のものが多い。そのため国内クリニックでは、承認外機器を医師の責任下で使用しているケースもある点に留意が必要である。
治療プロトコル
HIFU痩身治療は、機器や部位にもよるが、概ね1回の治療セッションで完結することが多い。例えばリポソニックスでは腹部〜側腹部全体を1時間程度かけて照射する。ウルトラフォーマーIIIの場合、腹部なら20分程度で複数パス(重ね掛け)を行う。出力設定は機種ごとにエネルギー密度(J/cm^2)やライン状照射などが規定されており、プロトコルに沿った設定を用いる。焦点深度は治療部位の脂肪厚に応じて選択し、通常は皮下約1〜1.3cmの層に焦点をあてる(腹部では深め、四肢ではやや浅めなど)。1箇所に照射されるショット数は機器により異なるが、例えばリポソニックスでは1cm格子状に連続照射していき、腹部全体で数百ショットを打つイメージである。
治療中の疼痛管理もHIFUでは重要である。照射の瞬間に強い痛みや灼熱感を伴うため、施術30分〜1時間前に鎮痛剤(NSAIDsやアセトアミノフェン)を予防投与したり、希望により軽鎮静や笑気ガスを用いることもある。特に旧式のリポソニックスは痛みが強いことで知られていたため、近年の装置ではエネルギーを2〜3パスに分散して1回あたりの痛みを和らげる工夫がなされている。施術回数は基本1回で効果が得られる設計だが、脂肪厚が厚い場合などは3か月以上空けてから2回目を検討することもある。複数回行う場合も安全のため同部位では少なくとも8〜12週間程度は間隔を空ける。HIFUの効果発現も炎症による除去を待つため2〜3か月後から明らかになる。
臨床エビデンス
HIFUによる非侵襲的脂肪減少効果も多数の研究で実証されている。代表的な試験として、BMI25〜30程度の腹部肥満患者に対しリポソニックスを1回照射し、12週後にウエスト周径を測定した結果、平均約4.6cmの減少が得られたとの報告があるcdn.mdedge.comcdn.mdedge.com。エネルギー密度を上げるほど効果がやや高まる傾向にあるものの、概ね2〜5cm程度の周径縮小が一貫して認められているcdn.mdedge.comcdn.mdedge.com。また他の研究でも、腹部皮下脂肪厚が超音波で平均約30%減少したとの報告や、治療6か月後でも効果が維持されたとの長期追跡結果が示されている。HIFUは装置により照射方式が異なるため一概比較は難しいが、メタアナリシスでは平均2.5〜3.0cmの減少が得られるとの総括もある。
安全性に関して、HIFUの脂肪融解は代謝への悪影響が少ないことが動物・人体双方で確認されている。ブタを用いた実験では、治療後に脂質や炎症マーカーの上昇がみられず、脂肪融解産物が尿中に排泄されるなど異常所見はなかったacademic.oup.com。人の臨床試験でも血中脂質・肝酵素に有意な変化がなく、安全に脂肪が処理されていることが示唆されるcdn.mdedge.com。以上より、HIFUは非侵襲ボディコンターリング手段として有効かつ安全であると考えられている。
治療効果の定量的評価方法
HIFUの効果評価も基本的には脂肪冷却と同様の手法が用いられる。ウエスト周囲径や治療部位の採寸は効果を直接反映する指標であり、数cm単位での変化を把握できるcdn.mdedge.com。また超音波による脂肪厚測定も有用で、HIFUでは焦点を当てた層(例えば皮下1.3cm付近)の厚み減少を前後比較する。MRIによる体積計測では、腹部全体の皮下脂肪容積が減少したことを証明した研究もある。写真評価では、複数方向からの比較写真を用いて体形変化を美容外科医が判定する方法がとられ、患者自身のアンケート評価と併せて満足度指標となる。
HIFU特有の評価としては、触診での硬結の有無も経過観察に利用される。照射部位にしこりが生じ、その大きさや硬さが時間とともにどう変化するかをみることで、脂肪減少過程の一端を推し量ることができる(硬結は組織変性の指標でもある)。ただし硬結は全例に起こるわけではなく、効果判定には客観指標(周径や画像)を優先する。
合併症とその予防・対処法
HIFUによる部分痩身の合併症は、一過性で軽度なものが中心であるcdn.mdedge.com。侵襲が皮下に留まるため致命的リスクは極めて低い。報告されている主な事象と対応は以下の通り:
- 疼痛と不快感: 照射中は強い痛みを伴うことが多く、部位によっては患者が跳び上がるような痛みを訴えることもある。対策として前述の鎮痛前投与や照射パラメータの工夫で和らげる。施術後も圧痛や違和感が数日〜数週間残ることがあるcdn.mdedge.com。これは炎症過程によるものなので、鎮痛剤の内服や冷却など対症療法で経過をみる。ほとんどは4週間以内に消失するcdn.mdedge.com。
- 皮下の硬結(しこり): 照射部位に硬結が生じる頻度はHIFUでも報告されており、ある調査では1.1%の患者に触知できる硬いしこりが発生したcdn.mdedge.com。これは脂肪の凝固壊死後の組織反応に伴うもので、通常は4〜6週間かけて自然に柔らかくなり、最終的に消失するcdn.mdedge.com。特別な治療は不要だが、大きな硬結で痛みが強い場合は軟膏や温罨法を試みてもよい。
- 皮下出血(あざ): 超音波エネルギーそのものより、照射時の圧迫や痛みによる患者の動きなどで毛細血管が傷つき小さな内出血斑ができることがある。頻度は約10%程度と報告されておりcdn.mdedge.com、大半は直径数cm以内の軽度なもので2週間ほどで吸収される。対策として術後に圧迫を行う、あるいは術中に患者が動かないよう十分声かけをすることが挙げられる。
- 浮腫・腫れ: 照射部位に炎症性の浮腫が生じることがあり、特にエネルギー高めで広範囲を治療した場合に数日間腫れぼったさを感じる患者がいる。ある報告では2.1%の症例で顕著な浮腫を認めたが、いずれも12週以内に改善しているcdn.mdedge.com。これは経過観察で問題ないが、圧迫ガーメントの着用や安静で軽減できる場合もある。
- 熱傷: HIFUでは皮膚表面へのエネルギーは制限されているものの、過度の重ね打ちや誤った焦点設定により稀に表皮熱傷(軽度の火傷)を起こす可能性がある。施術中に患者が強い表面灼熱痛を訴えた場合は直ちに中断し、皮膚を冷却する。熱傷が発生した際は、皮膚科的にステロイド外用や創処置を行い瘢痕を最小化する。
- 神経障害: 極めてまれだが、照射部位によっては皮下の感覚神経に影響を及ぼす可能性が指摘されている。例えば大腿外側では外側大腿皮神経への影響で一時的な知覚鈍麻が起こり得る。しかし通常は可逆的で数週間以内に改善する。超音波焦点が神経叢に当たらないよう、解剖学的注意を払いプランニングすることで予防する。
総じて、HIFUの合併症はいずれも一時的かつ支持療法で軽快するものがほとんどであるcdn.mdedge.com。脂肪冷却におけるPAHのような特異な重篤合併症は今のところ報告されていない。ただし、照射深度を誤れば内臓損傷など理論上のリスクもありうるため、プロトコルを順守し安全域を守ることが最重要である。
治療結果の持続期間と患者満足度
HIFUで一度破壊された脂肪細胞も再生しないため、脂肪減少効果は長期に持続する。腹囲減少効果が1年以上維持されたとの報告もあり、適切な生活習慣維持下では半永久的な部分痩身効果が期待できる。但し、他の治療と同様に体重増加があれば残存脂肪が肥大しリバウンドしうる点は説明が必要である。またHIFUでは同時に真皮のコラーゲン産生刺激が起こるため、脂肪減少後の皮膚たるみが比較的少なく引き締まった状態になるという利点がある。これは患者満足度にも寄与する。
実際の患者満足度は、腹部HIFU治療では80〜90%の患者が結果に満足したとするデータもあるpmc.ncbi.nlm.nih.gov。特にダウンタイムが軽微である点、衣服のサイズダウンやベルト位置が変わるなど日常生活で効果を実感しやすい点が評価されている。一方で、痛みの強さのため施術体験自体の満足度が下がるケースもあり、痛みへの事前対策や患者フォローが満足度向上の鍵となる。期待値の調整も重要で、外科的手術に匹敵する効果を望む患者には事前に効果の限界を説明し、他の選択肢も含め検討する。
カウンセリングとインフォームドコンセントの要点
HIFU痩身施術前のカウンセリングでは、治療のメカニズムと痛みの程度についてしっかり説明する必要がある。以下が主なポイントとなる:
- 即時効果ではない: 脂肪冷却と同様、結果が出るまで2〜3か月要することを説明する。単回治療である場合が多いが、必要に応じて追加照射もありうることに触れ、経過観察とフォローアップの予定を共有する。
- 施術中の疼痛: 強い痛みが伴う可能性が高いことを正直に伝える。痛みに弱い患者には鎮痛・鎮静を併用する計画を説明し、安心感を与える。痛みは部位によっても差があるため、自身の治療経験談や他患者の感想を参考程度に伝えてイメージさせる。痛みへの不安が強い場合は無理に勧めず、他の方法(脂肪冷却など)との比較検討も提案する。
- 術後経過: 治療後は筋肉痛に似た痛みや圧痛が数日〜1週間程度続く可能性を説明する。また稀に内出血で皮膚が青くなること、硬結ができることがあるがいずれも時間とともに改善することを伝える。腫れが出ても外見上は軽度で日常生活にほぼ支障ない旨も案内し、過度な心配を和らげる。
- 効果の個人差: HIFUの効果量には個人差があり、脂肪の性状(線維化の強さなど)によっても差が出ることを説明する。特に一度脂肪吸引を受けた部位など瘢痕化した脂肪では効果が落ちる可能性があるため、既往は詳細に聴取し、その場合の期待効果は控えめに設定する。
- 費用対効果: 1回あたりの費用が比較的高額になりやすい(機器償却費が高いため)ため、その点を理解してもらう。他の施術との組み合わせ割引等があれば紹介し、患者にとって最適なプランを提案する。
- 禁忌事項: ペースメーカーなど体内機器が入っている場合は施術不可であること、妊娠中は控えること、治療部位に金属(避妊具のリング等も含む)がある場合は確認する。併せて、治療前後の過度な飲酒・入浴は控えるよう指導する(炎症を助長し痛みが増す可能性があるため)。
HIFUも美容目的の自由診療であり、事前に同意書への署名を得る。痛みに関する記述や、効果が徐々に出る点、万一効果不十分でも返金できない点などを明記してトラブルを避ける。また、副作用が起きた場合の対応(例えば硬結が長引いた場合は無償で経過診察するといった方針)も伝えておくと患者の安心につながる。
日本および国際的な法規制・安全指針
HIFU機器の規制状況は国ごとに異なる。米国FDAは2011年にリポソニックスを承認し、これが世界初の非侵襲脂肪減少HIFU装置の承認例となった。その後UltraShapeやBTL社の装置などもFDAクリアランスを取得している。韓国や欧州ではウルトラフォーマー等が医療CEマークやKFDA承認を得て広く使われている。一方、日本では脂肪減少目的のHIFUは未承認機器が多いのが現状である。ウルセラ(Ulthera®)など顔用HIFUは「リフトアップ施術用」として薬機法承認があるが、ボディ用に関しては医療機関が個人輸入して使用しているケースが多い。そのため、日本でHIFU痩身を行う場合は、その機器が承認医療機器かどうか、未承認なら患者へその旨説明し理解を得る必要がある。
安全指針としては、メーカーが提供するトレーニングやプロトコルを遵守することが第一に挙げられる。HIFUは適切に使えば安全だが、焦点の誤設定などヒューマンエラーによる事故も起こり得るため、取り扱い資格や講習を受けた医師が扱うべきである。厚生労働省から特別な通知は出ていないが、万一重大な副作用が発生した場合は医薬品医療機器等安全性情報報告制度に基づき報告する義務がある。国際的には、米国のASDS(米国皮膚外科学会)などがHIFUを含む非侵襲ボディコンタリングのコンセンサスガイドラインを発表しており、その中で適応選択や複数機器の併用、メンテナンス治療の位置付けなどが議論されている。日本でもそれらを参考に各施設が院内プロトコルを整備することが望ましい。
脂肪溶解注射(非外科的脂肪融解剤)
作用機序
脂肪溶解注射は、薬剤を皮下脂肪内に直接注射し脂肪細胞を破壊・融解する治療である。代表的な薬剤はデオキシコール酸 (deoxycholic acid, DCA)で、これは胆汁酸の一種で強力な界面活性作用を持つ。デオキシコール酸を脂肪層に注射すると、脂肪細胞膜のリン脂質を溶解し膜構造を不安定化させ、細胞破壊(シトリシス)を引き起こすpmc.ncbi.nlm.nih.govelsevier.es。高濃度では脂肪細胞を不可逆的に溶かし、周囲には炎症反応が誘導されてマクロファージが動員されるpmc.ncbi.nlm.nih.govelsevier.es。マクロファージは破壊された脂肪細胞片や遊離脂質を貪食・除去するとともに、線維芽細胞を刺激してコラーゲン新生(線維化)を促すpmc.ncbi.nlm.nih.gov。この結果、脂肪量の減少と同時に組織のひきしまり効果(タイトニング効果)が生じ、皮膚のたるみをある程度防止することが期待できるpmc.ncbi.nlm.nih.gov。注射後の炎症過程は数週間続き、その間に治療部位の脂肪が徐々に減少していく。なお、従来はホスファチジルコリンとデオキシコール酸の混合製剤(いわゆる「PPC注射」)も使用されたが、後の研究で実際の脂肪融解作用はデオキシコール酸成分によるものと判明しており、現在の主流はデオキシコール酸単剤であるpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
臨床適応部位と施術選定基準
脂肪溶解注射は、小〜中程度の局所脂肪蓄積に適している。**顎下の脂肪(「二重あご」)**は本治療の代表的適応であり、実際に米国FDAでも顎下脂肪解消目的で承認されている(製品名: Kybella®〈カイベラ〉)。顎下以外にも、顔の下膨れ(頬下部)やフェイスラインの脂肪、上腕の振袖状脂肪、腋下の膨らみ(ブラファット)、腹部臍周囲の小さな贅肉、大腿膝上の脂肪など、デバイスではアプローチしにくい細かな部位に応用される。選定基準としては、以下のようなケースで有用性が高い:
- 脂肪冷却やHIFUを適用するには脂肪量が少なすぎる部位(微小な脂肪ポケット)
- 脂肪吸引など外科治療を希望しないが、非侵襲デバイスでは効果が不十分な部位
- 顔や顎下など、デリケートで精密な部位の形態修正(左右差の調整等)をしたい場合
- 皮下脂肪はあるが皮膚の弛みも併存し、注射による線維化タイトニング効果を狙いたい場合
一方、広範囲の脂肪(例えば腹全面の厚い脂肪)に対しては、必要な薬液量やセッション数が膨大になり現実的でない。また高度肥満症例では効果が目立たず適応外である。皮膚のたるみが強い部位では、脂肪減少によりかえって皮膚の余りが目立つ可能性もあるため慎重に判断する。
使用される主な製剤名
- デオキシコール酸製剤: 前述のとおり脂肪融解の有効成分はデオキシコール酸(DCA)である。米国でFDA承認されている**カイベラ® (Kybella®, 一般名: ATX-101)はデオキシコール酸10mg/mLの製剤で、1回の治療で最大50か所(総投与量最大100mgまで)注射可能とされるpmc.ncbi.nlm.nih.gov。欧州では同一成分の製剤がベルキラ® (Belkyra)の商品名で流通。日本ではカイベラは未承認だが、同様のデオキシコール酸製剤としてカベルライン® (Kabelline)**が韓国などから輸入され美容クリニックで使用されている。濃度や製剤形態は各社で若干異なるが、概ね1本あたり5〜8mLのバイアルでDCAを約0.5〜1%含有する。
- アクアリクス® (Aqualyx): ヨーロッパでCE認証を取得している脂肪溶解注射用製剤。デオキシコール酸を主成分としつつ、緩衝液で囲い急激すぎない作用になるよう調整されている。主にイタリア製で、一部の欧州諸国では美容施術として広まった。効果発現はマイルドだが腫れや痛みも純粋なDCAより軽減されているという報告がある。
- フォスファチジルコリン (PPC) 製剤: かつてブラジルなどで広まった大豆由来レシチン製剤。脂肪乳化作用が期待されたが、現在ではPPC自体の直接的脂肪分解効果は疑問視され、DCAのキャリア的役割と考えられている。PPC製剤単独は欧米では承認されておらず、日本でも一時期輸入されたが近年は用いられない。
以上のように現在主流はデオキシコール酸系である。製剤によって添加物(リドカインの有無、緩衝剤など)が異なるため、使用医師はその組成と作用特性を把握する必要がある。
治療プロトコル
脂肪溶解注射は複数回のセッションを前提とする治療である。典型的には4〜6週間おきに2〜4回程度の注射を行うpmc.ncbi.nlm.nih.gov。例えばFDA承認試験のプロトコルでは、4週間隔で最大6回まで注射可能とされ、平均2〜4回で患者が満足する結果に達したpmc.ncbi.nlm.nih.govpmc.ncbi.nlm.nih.gov。1回の施術では、治療部位に0.2mLずつ間隔1cm程度でグリッド状に薬液を多点注入するpmc.ncbi.nlm.nih.gov。例えば顎下の場合、左右合わせて20〜30か所程度(総投与量2〜6mL程度)を一度に注射する。腹部など広い部位では一度に投与できる総量(100mg程度まで)を超えない範囲でエリアを限って行うか、複数セッションに分割する。
注射手技としては、細い針(30G前後)を用いて皮下約5〜10mm深に刺入し、真皮内に漏れないよう注意しながら所定量を注入する。誤って浅く注射すると皮膚壊死、深く筋層に達すると効果減弱や合併症の恐れがあるため、正確な層に均一に注入することが重要である。注射時は薬液自体が刺激性のため焼けるような痛みを伴う。これを緩和するため、施術前にアイスで局所冷却したり、製剤に1%リドカインを混和して痛みを軽減することも多い。また、注射後は患部を軽くマッサージして薬液を行き渡らせ、ムラを防ぐ。
術後経過として、注射部位は速やかに腫れて発赤し、触ると熱感を持つ。これは薬剤が効いているサインであり、特に初回は顕著に腫脹する(顎下なら俗に「イノシシのよう」に腫れる)。この腫れは2〜7日程度で徐々に引いていき、その後は硬さが残りつつ2〜4週間かけて脂肪が減少していくイメージである。再度来院時に効果判定をし、必要なら次回注射を行う。治療回数は患者の希望する仕上がりによるが、明確な効果実感には2回以上は必要と考えておく。なお、一度に大量の範囲へ注射しすぎると炎症負荷が大きいため、1セッションで扱う範囲や薬剤量の上限は各製剤の添付文書に従う(Kybellaでは最大50刺入/100mgまで)。
臨床エビデンス
脂肪溶解注射(デオキシコール酸)の有効性は、ランダム化比較試験(RCT)によって実証されている。顎下脂肪を対象とした大規模第III相試験(REFINE-1試験など)では、プラセボ注射群と比較して有意な脂肪減少効果が確認されたpmc.ncbi.nlm.nih.govpmc.ncbi.nlm.nih.gov。具体的には、治療群の68.2%が医師と患者の評価で有意な改善を示したのに対し、プラセボ群では20.5%に留まったpmc.ncbi.nlm.nih.gov。また、二重アゴの外観評価スコアが2段階以上改善した「高いレスポンダー」は治療群70%に達し、プラセボ群18.6%を大きく上回ったpmc.ncbi.nlm.nih.gov。MRIによる客観評価でも皮下脂肪量の減少が確認されているpmc.ncbi.nlm.nih.gov。追跡調査では、最終治療から24週後でも効果が維持されており、長期的な有効性も示唆されたpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
安全性に関して、RCTおよびメタアナリシスで得られた知見では、副作用は注射局所の反応にほぼ限局しているelsevier.es。注射群では圧痛、腫脹、発赤、皮下硬結、感覚鈍麻、掻痒といった反応がプラセボに比べ有意に多くみられたが、いずれも一過性で重篤なものではなかったelsevier.es。特に頻度が高いのは腫れ(浮腫)と疼痛である。一方、注目すべき副作用として一過性の顔面神経(下顎縁支)麻痺がある。顎下への注射では薬液が広がり顎下骨近くの顔面神経枝に一時的な機能障害を起こすことがあり、治験では4.3%の患者に一時的な口角下垂等の神経麻痺が発生したpmc.ncbi.nlm.nih.gov。しかし平均31日で完全に回復し、後遺症は残らなかったことが報告されているpmc.ncbi.nlm.nih.gov。全身的な副作用(例えば胆汁酸であることから肝機能障害や脂質異常など)は、治験データ上特に問題は生じていないelsevier.es。以上より、デオキシコール酸注射は有効かつ忍容性の高い治療であると結論づけられているelsevier.es。
治療効果の定量的評価方法
脂肪溶解注射の効果評価も基本は写真比較と触診評価が中心だが、定量的指標として以下が用いられる:
- 周径・長さの測定: 顎下であれば頸部周囲径、腹部なら臍周囲径などを計測し、前後差を見る。顎下では皮下脂肪の突出具合を定規で垂直に測り、その高さをmm単位で比較する方法もある。
- 超音波検査: 治療部位の皮下脂肪厚を測定する。小領域ではプローブ操作が難しいこともあるが、可能なら客観データとなる。顎下RCTでもエコーで脂肪厚減少を確認している。
- MRI/CT: 研究目的ではMRI撮影による脂肪容積解析が行われ、注射群で有意な容積減少が示されたpmc.ncbi.nlm.nih.gov。臨床ではコストの関係で稀だが、顔の場合は超音波よりMRIの方が評価精度が高い。
- スキンクライノメーター: 顎下のたるみ具合を挟んで測る特殊な器具で、皮膚−脂肪のたるみの厚みを測定するもの。研究に用いられることがある。
- 満足度アンケート: 患者自身の主観評価(「顎のラインがどれだけ改善したか」等をVASや5段階評価)や、医師の審美評価スコア(SMFスケールなど)で効果判定するpmc.ncbi.nlm.nih.gov。例えばATX-101の治験では患者82.4%が見た目の改善に満足と回答しているpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
小範囲の変化は数値化が難しい場合もあるため、患者の鏡での印象や写真のBefore-Afterが最も説得力を持つことも多い。治療前にしっかり写真を撮影し、経過ごとに見せることで患者満足度の確認と次回治療の判断材料とする。
合併症とその予防・対処法
脂肪溶解注射の合併症は、注射行為に伴うものと薬剤の薬理作用によるものに大別できる。
- 疼痛: 注射時および直後に強いヒリヒリ・ジンジンとした痛みが発生する。これは薬剤の細胞溶解作用そのものによる。通常10〜30分程度で急性の痛みは和らぐが、鈍い痛みや熱感は数時間続く。予防として事前のアイシングやリドカイン併用、少量をゆっくり注射する等が有効。術後の痛みには冷却や頓用鎮痛薬で対応する。
- 腫脹・浮腫: 注射後即座に顕著な腫れが出現する。特に初回治療では体が初めて経験する炎症反応のためか大きく腫れる傾向があるpmc.ncbi.nlm.nih.gov。腫れは2〜3日目にピークとなり、1週間ほどで落ち着く。対策としては圧迫バンドの装着(顎下ではフェイスバンドなど)により腫脹をやや軽減できる。また高い枕で寝る、塩分を控えるなどもむくみ対策になる。患者には「むしろ腫れるほど効果が出る」と説明し、心配しすぎないように伝えることも重要である。
- 皮下硬結・しこり: 治療後しばらくして、脂肪が減少する過程で触ると小さなしこりを感じることがある。これは線維化による瘢痕組織で、治療効果の一環でもあるelsevier.es。大抵は皮下深部で見た目には分からず、数週〜数ヶ月で柔らかくなるので経過観察で良い。気になる場合は優しくマッサージするとよいが、強く揉むと痛みが出るため注意する。硬結が長期残存する例では、局所ステロイド注射や音波治療で軟化を促す報告もあるが稀である。
- 内出血: 注射針が血管を傷つければあざが生じる。特に顎下は血管が多いため小さな青あざは珍しくない。サイズが大きい場合は皮下に溜まった血液が硬結様に残ることもある。予防として鈍針カニューレを用いる手もあるが、細かい部位では細針の方が正確なので、術前に止血剤投与や圧迫止血を徹底する。できてしまった内出血は経過で吸収を待つ。
- 感覚鈍麻: 薬剤や腫脹により局所の知覚神経が圧迫され、皮膚の感覚が一時鈍くなることがある。特に顎下ではオトガイ神経領域の軽度知覚低下がみられるが、通常数週間で回復する。予防は難しいが、症状が出たら経過説明し保湿などスキンケアを勧める程度で良い。
- 顔面神経麻痺: 前述の通り顎下では**下顎縁の顔面神経枝(口角下制筋を支配)**に影響が及び、片側口角の動きが弱まることがあるpmc.ncbi.nlm.nih.gov。患者は笑った際の左右差に気付くことが多い。頻度は数%程度だが、発現すると不安を与えるため事前に可能性は説明しておく。対処は基本経過観察で、平均1か月で完全に治癒するpmc.ncbi.nlm.nih.gov。症状が強い場合はステロイドの短期投与を検討することもあるが、通常不要である。
- 皮膚潰瘍: 注射が真皮内に漏れたり表在に集中しすぎると、皮膚壊死・潰瘍を起こす可能性がある。これを避けるには適切な深さへの注入が肝要で、特に顔面では皮膚が薄いため注意する。万一、皮膚に水疱や壊死が生じた場合は速やかに創傷処置を行い瘢痕を最小化する。幸い深刻な潰瘍は稀である。
- アレルギー反応: デオキシコール酸自体へのアレルギーは稀だが、溶媒中のキシリトールや旧来のPPC(大豆由来)ではアレルギーの可能性がある。重篤なアレルギー報告はほとんど無いが、初回施術時は経過観察を十分に行う。喘息や複数の食物アレルギーを持つ患者では慎重に適応を判断する。
- その他のリスク: 脂肪分解に伴う一過性の高脂血症や肝機能変化は臨床試験で確認されていないが、広範囲に大量注射した場合は念のため術後の血液検査でモニターしてもよい。特に脂質異常症の患者では注意する。また注射部位に感染が起きたという報告は稀だが、施術時の皮膚消毒を徹底し無菌操作で行うことで予防する。
治療結果の持続期間と患者満足度
脂肪溶解注射の効果も、一度死滅した脂肪細胞はそのまま除去されるため半永久的である。顎下治療では2年以上のフォローでも脂肪再蓄積なくスッキリしたラインが維持された例が報告されている。もっとも、他の治療と同様に体重増加すれば残存脂肪細胞が大きくなる可能性はある。特に顎下の場合、加齢による皮膚弛緩も将来的に影響し得るため、効果維持のためには体重管理とスキンケア(場合によっては将来的にHIFUリフト等も)をアドバイスする。
患者満足度は総じて高く、前述の治験では治療群の79%が施術結果に満足すると回答しているpmc.ncbi.nlm.nih.gov。特に顎下では輪郭がはっきりすることで若返り効果も感じられるため、見た目の改善度合いに対する満足度が高い傾向にあるpmc.ncbi.nlm.nih.gov。一方、治療過程の腫れや痛みの煩わしさで評価が左右されることもある。初回治療後の腫脹に驚いて不安になる患者もいるため、事前説明とフォローアップでその不安を取り除くことが重要だ。適切な候補患者に対し、予測通りの効果が出れば満足度は非常に高い治療と言える。
カウンセリングとインフォームドコンセントの要点
脂肪溶解注射のカウンセリングでは、治療スケジュールとダウンタイムについてしっかり説明することが肝要であるpmc.ncbi.nlm.nih.gov。以下のポイントを網羅する:
- 複数回治療が必要: 1回で終わる治療ではなく、基本2〜4回のシリーズであることを伝えるpmc.ncbi.nlm.nih.gov。各回の間隔は約1か月空けること、効果判定しながら回数を決めることを説明し、スケジュールの余裕を持ってもらう。
- 初回の腫れは想像以上: 最初の施術後は著明に腫れるので、人前に出る予定は調整するよう忠告するpmc.ncbi.nlm.nih.gov。特に顎下の場合は「マフラーやタートルネックで隠せるが、それでも分かる程度に腫れる」旨を具体的に伝える。仕事やイベントとの兼ね合いについて相談し、必要なら長期休暇中の施術を提案する。患者が腫れを知っていれば心理的負担は大きく減る。
- 治療中・直後の痛み: 注射時にかなり強い痛みを感じること、終了後もしばらくヒリヒリ感が続くことを説明する。痛みは時間経過で和らぐため心配ないこと、希望があれば痛み止めを処方できることを伝える。痛みに不安がある患者には少ない本数から始めるなど調整も可能である。
- 仕上がりまでの経過: 効果は徐々に出てくるため最終的な結果を見るには治療完了後さらに1〜2か月要すると説明する。途中経過で「本当に効いているのか」と不安になる患者もいるため、その際は一緒に経過写真を確認しながら判断する方針を共有する。また必要に応じて追加治療も選択肢だが、患者負担とのバランスを考えて決めることを伝える。
- 副作用と対処: 腫れ・青あざ・しこり・痺れ・一時的な麻痺など起こり得る全ての事象に触れ、それぞれが一過性であること、対処法があることを説明する。特に神経麻痺に関しては「稀だが起こりうる、しかし必ず治る」と強調しておくと良い。万一皮膚潰瘍など重篤な事象が起きた場合の対応(クリニックで責任もって治療する等)についても安心材料として伝える。
- 施術範囲のデザイン: 患者の気になる部位を聞き取り、医師の所見とすり合わせて注射範囲を決定する。例えば顎下と共にフェイスラインも気になるなら両方にまたがって注射計画する。左右差にも注意し、必要なら量を変えることもある。こうしたデザイン面を事前に患者と共有しておく。
- 費用: 回数を要するので総額費用を見積もって提示する。1回ずつの支払いでも構わないが、総額を知らずに途中で予算オーバーとなる事態は避ける。効果に満足した時点で治療終了する柔軟性も伝えておき、無駄なセッションを強制しない方針を示す。
以上を含んだ詳細な説明と同意書を用意し、患者から署名を得る。脂肪溶解注射は手軽に思われがちだが実際にはダウンタイムと計画性が必要な治療であり、患者のライフスタイルに合わせた提案を行うことが信頼関係構築に繋がる。
日本および国際的な法規制・安全指針
脂肪溶解注射に用いる薬剤は、国により規制状況が異なる。米国ではATX-101(商品名Kybella)が2015年にFDA承認され、現在まで顎下脂肪に対する唯一の適応薬となっているpmc.ncbi.nlm.nih.gov。一方、日本では2025年現在、本治療用の医薬品は未承認である。従って国内クリニックで使用される薬剤は、海外から個人輸入されたものや研究用試薬扱いのものとなる。医師の裁量による自由診療の範疇で使用されているが、品質や安全性の観点からは本来望ましい状況ではない。厚生労働省は脂肪溶解注射そのものに関する公式見解は出していないものの、未承認医薬品の使用に関する一般論として十分な安全性エビデンスの確認と患者への説明義務を課している。医師は使用する製剤の組成・製造元を把握し、可能な限り実績のある信頼性高いものを選択すべきである。
欧州ではデオキシコール酸製剤がCEマークを取得し、一部の国で美容施術として合法的に行われている。例えばAqualyxはイタリアで開発され欧州や南米で広く使用されている。国際的な学会(例えば国際美容形成外科学会, ISAPS)の発表では、脂肪溶解注射は一定の有効性と安全性があるが施術者の技量に依存する治療との位置づけである。つまり、正しい解剖知識と注入技術を持つ医師のみが行うべきとのコンセンサスがある。
日本で脂肪溶解注射を提供する際は、未承認薬であることを患者に説明し文書に残すこと、薬剤の輸入元・ロットを記録しトレーサビリティを確保することが求められる。また、治療後の有害事象については学会や症例報告を通じて情報共有することが大切である。幸い重大事故の報告は極めて少ないが、ゼロではない以上、安全対策(緊急時の救急体制や医療賠償保険加入など)を万全にしておく必要がある。
最後に、厚労省や各国規制当局の動向として、デオキシコール酸の他部位適応拡大や国内承認の可能性も今後あり得る。新たな承認が下りた際には迅速に情報収集し、承認薬を使用することが医療者の責務となる点も念頭に置いておくべきだろう。
以上、非外科的部分痩身治療(脂肪冷却、HIFU、脂肪溶解注射)の各論を述べた。いずれの手法も適切な患者選択と手技の遵守により、安全かつ有効に部分痩身を達成しうる。美容皮膚科医としては各治療の特性を理解し、患者のニーズに合わせた最適なプランニングを提供することが求められる。今後も新技術の登場やエビデンス蓄積に伴いガイドラインは更新されるため、常に最新情報をアップデートしながら安全で効果的な美容医療を実践していきたい。
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