化粧品の安全性
21.1 ドクターズコスメ:定義・区分と安全性
ドクターズコスメとは、皮膚科医など医師や医療機関が開発・監修に関与した化粧品のことですfcd-lawoffice.com。法律上の明確な定義はなく、「医師が作った(お墨付きを与えた)」というマーケティング上のカテゴリーです。その多くは一般の化粧品もしくは**薬用化粧品(医薬部外品)**として販売されており、医薬品ではありませんfcd-lawoffice.com。医師の臨床経験や最新の皮膚科学知見を取り入れ、高濃度の有効成分やエビデンスのある成分を配合して効果を高めている点が特徴ですayu-clinic.com。
流通形態として、ドクターズコスメには大きく2種類あります。一つは医療機関専売品(メディカルコスメ)と呼ばれるもので、医療機関でのみ購入できる化粧品ですrei-shop.com。これらは必ずしも医師が開発したとは限りませんが、多くは有効成分を高濃度に含み、使用にあたって医師の診察・指導を前提としていますrei-shop.comayu-clinic.com。もう一つは、医療機関以外(ドラッグストアや通信販売等)でも購入可能なドクターズコスメで、こちらも専門家が開発に携わっていますが市販ルートで流通しているものですrei-shop.com。後者は誰でも入手できますが、前者の医療機関専売品は医師の管理下で使用することを目的としており、購入時に診察が必要な場合もありますayu-clinic.com。
使用成分の傾向として、ドクターズコスメはエビデンスのある有効成分を一般品より高濃度に配合する傾向がありますayu-clinic.com。例えば、高濃度のビタミンC誘導体、レチノール(ビタミンA)、ハイドロキノン、ナイアシンアミド、ペプチド類、プラセンタエキスなど、美容皮膚科学で効果が認められている成分をしっかり含有する処方が多いです。また防腐剤や基剤にも、低刺激で品質を保てるものを厳選し、香料や着色料を極力排除している製品もあります。これら成分配合により高い効果が期待できますが、その反面、肌への刺激リスクにも配慮が必要ですayu-clinic.com。例えば高濃度レチノールやAHA配合製品は、効果的である一方で一部の人にはヒリヒリ・赤み・皮むけ等の刺激反応が出ることがありますayu-clinic.com。ドクターズコスメではそうしたリスクを低減するために、処方段階で皮膚刺激試験を行ったり、敏感肌向けの低刺激ラインを展開したりしていますayu-clinic.com。
安全性に関して、ドクターズコスメは「医師監修=安全」というイメージがあります。実際、皮膚専門医の知見に基づき肌への安全性を考慮した処方になっているものが多く、安全性試験も厳格に行われていますayu-clinic.com。敏感肌用に開発されたものもあり、市販化粧品でトラブルを起こしやすい患者にも選択肢となり得ますayu-clinic.com。ただし、「ドクターズコスメだから絶対に肌トラブルが起きない」というわけではありませんayu-clinic.com。有効成分が高濃度である以上、まれに刺激やアレルギー反応が生じる可能性はありますayu-clinic.com。そのため医療機関専売の製品では、医師の指導下で少量から使い始める、経過を診察でフォローする、といった運用がされていますayu-clinic.com。医師のサポートがあることで万一トラブルが起きても迅速に対処でき、患者も安心して使用できるメリットがあります。
医療機関専売品との違いについて整理すると、ドクターズコスメは“医師が関与して開発された化粧品”であり、販売チャネルは問わず広く存在しますrei-shop.com。その中でも有効成分濃度が特に高く、安全に使うため医師の診察が必要とされるものが医療機関専売コスメですayu-clinic.com。医療機関専売品は一般流通せずクリニックでのみ扱われ、患者一人ひとりの肌状態に合わせて医師が選択・指導する形で提供されますayu-clinic.com。一方、一般に市販されるドクターズコスメは、高濃度とはいえ一般消費者が自己責任で使える濃度・処方に調整されています。そのためクリニック受診なしに購入できますが、自己判断で使うリスクも伴います。総じて、ドクターズコスメはエビデンスと効果を重視した処方であり、適切に使えば美容医療的な効果を自宅で得られる可能性があります。ただし使用の際は医師や薬剤師に相談できる場合はした方が望ましく、特に強い作用のものは医療機関でフォローしながら用いるのが安全です。
21.2 基礎化粧品とメイクアップ用品の主要成分と安全性評価
**基礎化粧品(スキンケア)**には、化粧水・乳液・美容液・クリームなどがあります。これらの主要成分は大きく分けて以下のようなカテゴリに属します。
- 水および保湿成分: 多くの基礎化粧品の主成分は水で、その中に保湿剤(湿潤剤)が溶け込んでいます。代表的な保湿成分はグリセリン、ヒアルロン酸、BG(1,3-ブチレングリコール)、DPGなどで、角質層の水分を保持し肌の乾燥を防ぎます。これらは比較的安全性が高く、アレルギーもまれですが、濃度が高いとべたつきや過度の保湿によるムレ感を感じる人もいます。BGやDPGはごくまれに接触皮膚炎の報告もありますが(例えば1,3-ブチレングリコールによる事例)極めて少数ですjstage.jst.go.jp。
- 油剤(エモリエント成分): 乳液やクリームには油分が含まれ、皮膚表面を覆って水分蒸散を防ぎます。代表例はミネラルオイル(ワセリン、パラフィン)、植物油(ホホバ油、オリーブ油、シアバター等)、合成エステル(イソプロピルミリステート等)、シリコーン(ジメチコン等)です。ミネラルオイルやワセリンは不活性で刺激がほぼなく、安全性が非常に高いため敏感肌用製品にもよく使われます。一方、植物由来の油にはビタミンや香り成分が含まれるものもあり、人によってはアレルギーや刺激の原因となることもあります(例:ピーナッツ油やラノリン〈羊毛由来の油〉は旧表示指定成分でアレルギーを起こす恐れが指摘されていましたjoca.jp)。シリコーンオイルは皮膚にほとんど浸透せず表面を滑らかにするだけで、安全性は高いです。油剤全般として、「ニキビができやすい」という声がある成分もあります(いわゆるコメドジェニックな油分)が、個人差が大きいため一概に有害とは言えません。ただ、肌質に合わない重い油分は脂性肌では毛穴を詰まらせる可能性があるので、患者さんの肌質に応じて選択する必要があります。
- 界面活性剤と増粘剤: 化粧水や乳液では水と油を混ぜるため界面活性剤(乳化剤)が使われ、テクスチャーの調整に高分子増粘剤が使われます。界面活性剤は例えばステアリン酸グリセリル、ポリソルベート、ラウリル硫酸Na(洗浄剤に多い)等があります。乳化剤自体は適量であれば安全ですが、濃度や種類によっては刺激になることがあります。特にクレンジングや洗顔料に含まれる強力な界面活性剤(ラウリル硫酸塩など)は脱脂力が強く、敏感肌では刺激性皮膚炎の原因となり得ますjcia.org。増粘剤(カルボマー、キサンタンガム等)は大半が安全性の高いもので、稀にそれ自体でアレルギーになることはほとんどありません。ただし、製品を乾燥させにくくするため配合されるポリマー類が肌に残留すると、物理的に毛穴を塞ぎニキビ悪化の一因となるといった指摘もあります(科学的証拠は限定的です)。
- 防腐剤・保存料: 化粧品の安全性に極めて重要な役割を果たすのが防腐成分です。水を含む化粧品は微生物汚染のリスクがあるため、防腐剤を入れて雑菌の繁殖を防ぎます。代表的防腐剤はパラベン類(メチルパラベンなど)、フェノキシエタノール、安息香酸Na、ソルビン酸K、塩化ベンザルコニウム、イソチアゾリノン系などです。パラベンは昔から使われてきた防腐剤で、近年クリーンビューティートレンドでは敬遠されがちですが、実際にはアレルギー報告はごく少なく(防腐剤中では比較的低リスク)安全性が高い成分ですjcia.org。一方、メチルイソチアゾリノン(MI)やその混合物(Kathon CG®)は強力な防腐剤ですが接触アレルギー性皮膚炎の原因として世界的に問題となり、欧州では化粧品への配合が制限されました。日本でもMIにかぶれる例が報告されておりjstage.jst.go.jp、感作された人は微量でも反応するため注意が必要です。防腐剤は刺激やアレルギーのリスクと、製品を腐敗から守るメリットを天秤にかけ最適なもの・量が選ばれています。防腐剤無添加を売りにした製品もありますが、その場合はエタノールを高濃度配合したり、防腐効果のある精油を入れたりしています。エタノール高配合は敏感肌には刺激となり得ますし、精油(天然香料)はむしろアレルギーを起こしやすい場合もあるため、無防腐剤=安全とは一概に言えません。
- 有効成分・機能性成分: スキンケア製品には美容効果を高めるため、様々な機能性の高い成分が加えられます。例えば、美白有効成分としてビタミンC誘導体(APPSなど)やアルブチン、トラネキサム酸、4MSKなどが配合され、しみ・くすみ予防を謳う製品があります。抗炎症成分としてグリチルリチン酸やアラントインが配合され、肌荒れ防止の薬用化粧品があります。抗酸化・エイジングケア成分としてレチノール(しわ改善効果で有名)、ナイアシンアミド(コラーゲン産生促進効果)などが使われます。これらは医薬部外品(薬用化粧品)の有効成分に指定されていることも多く(後述)、比較的作用が穏やかで安全性が確認された範囲で配合されています。ただし、レチノールは高濃度だと一時的な皮膚刺激(赤み・乾燥)を起こすことが知られており、使用初期は肌が慣れるまで注意が必要です。またAHA(フルーツ酸)配合のピーリング化粧品は角質を剥離してツルツル肌にしますが、やりすぎればバリア低下から刺激皮膚炎を招きます。こうした有効成分の濃度・pH管理が重要で、メーカー各社は効果と安全のバランスを取るよう処方を調整しています。
以上がスキンケア基礎化粧品の主な成分と安全性上の論点です。総じて、基礎化粧品は毎日使う前提で作られており、「肌にできるだけ刺激を与えず目的を達成する」ことが追求されています。製品開発ではヒトパッチテスト等で一次刺激性やアレルギー性を確認し、表示指定成分など既知の問題成分は極力避ける努力がされています。ただ、人それぞれ肌質が異なるため、アレルギー性接触皮膚炎や刺激性皮膚炎が起こる可能性はゼロではありませんjcia.org。例えば、防腐剤や香料に過敏な人はごく微量でも反応します。そのためメーカーは「アレルギーテスト済み」など表示し安全性をアピールしますが、これも「全員に絶対起きない」という保証ではなく一定人数では問題なかったという意味です。臨床的には刺激によるかぶれ(刺激性接触皮膚炎)が圧倒的に多く、一部に防腐剤・香料・色素でアレルギー性接触皮膚炎を起こす例がある、というのが皮膚科現場での実感ですjcia.org。したがって、安全性評価としては、全成分表示に基づき問題成分がないか確認しつつ、実際に患者の肌に合うかどうか少量から試す(パッチテストないしトライアル使用)ことが望ましいでしょう。
メイクアップ用品の主要成分と安全性も見てみます。メイク用品にはファンデーション、口紅、アイメイク(アイシャドウ・アイライナー・マスカラ等)、チーク、ネイル製品などがあります。これらは色調や付着性を重視するためスキンケアとは異なる成分構成を持ちます。
- ファンデーション: 肌色を整えるベースメイク製品で、固形(パウダー、プレスト)や液状、クリーム状など形態があります。主成分は顔料と粉体です。代表的な顔料は酸化チタン(白色、かつUVカット効果)、酸化亜鉛(白色、UVカット)、酸化鉄(赤・黄・黒の顔料を組み合わせ肌色を再現)です。粉体としてタルク、マイカ(雲母)、シリカ等が用いられ、肌への密着や光沢調整に寄与します。液状やクリームファンデでは、これら粉体を分散させる油分(シリコーンオイルやエステル油)、水、それらを乳化する界面活性剤が含まれます。また乾燥を防ぐ保湿剤や肌すべりを良くするポリマーも添加されます。ファンデーションの安全性上のポイントは、まず顔料の安全性です。酸化チタン・酸化亜鉛は不溶性で皮膚浸透せず安全とされています。ただし、粒子径がナノサイズのものは吸入などのリスクが議論されますが、皮膚塗布では角質を通過しないと考えられています(EUではナノ粒子使用時は成分表示に「(nano)」と表示義務があります)。タルクについては過去にアスベスト混入問題があり発がん性が取り沙汰されましたが、現在化粧品に使われるタルクは精製されアスベストフリーで、安全性基準を満たしていますnewsweekjapan.jp。それでも近年米国でベビーパウダーによる卵巣がんリスクが論争となり、タルクへの懸念からコーンスターチに置き換える例も出ています。油分や界面活性剤はファンデーションでは肌への留まりを良くするためにやや強めのものが使われることがありますが、一般にファンデーションでかぶれ(接触皮膚炎)を起こす頻度は高くありません。ただ、粉体の刺激(長時間の粉の付着による肌乾燥)や、落としきれないメイク残りが毛穴を塞ぐことでニキビ(化粧品ざ瘡)の悪化につながることがあります。このため、ファンデーション使用者にはクレンジングできちんと落とすスキンケアの指導も重要です。またファンデーションにはSPF値・PA値を表示し日焼け止め効果を持つものが多く、その場合紫外線吸収剤(例:メトキシケイヒ酸エチルヘキシル等)が添加されています。紫外線吸収剤は稀に光アレルギー性皮膚炎を起こすことがありますので、そうした既往のある患者では紫外線散乱剤(酸化亜鉛・酸化チタン)主体の製品を勧めるべきです。
- 口紅・リップ製品: 唇に色を与える口紅やティント、保湿するリップクリームなどがあります。口紅の主要成分は油脂とワックス(蝋)です。代表的な油脂はヒマシ油(キャスターオイル)、トリグリセリド油、スクワランなど、ワックスはカルナウバロウ、キャンデリラロウ、ミツロウ(ビーズワックス)などです。これらを混合・固化してスティック状にし、着色剤を練り込んであります。着色には有機合成染料(赤色202号等のタール色素)や無機顔料(酸化鉄系など)、天然色素(カルミンなど)が使われます。口紅は経口摂取の可能性がある製品のため、色素は食品にも使える安全性の高いものが選ばれています。安全性上問題となりやすいのは色素中の重金属不純物です。米国で市販口紅の多くから微量の鉛が検出され報道されたことがありますが、検出量は極微量で安全とされる上限以下でした。しかし慢性的な鉛摂取を懸念する意見もあり、各国規制当局は色素中の鉛含有基準を設け厳しく管理していますnewsweekjapan.jp。日本でもタール色素は食品衛生法の基準を準用して不純物規制されています。またカルミン(コチニール由来の赤色)は昆虫由来の天然色素ですが、人によってはアレルギー(口唇炎など)を起こすことがあります。口紅の基剤である油脂やワックスは基本的に低刺激ですが、ラノリン(羊毛由来)を配合したリップでアレルギー性口唇炎を起こした例もあります。最近は敏感肌用リップではミツロウやラノリンといったアレルゲンになりやすい動物由来成分を除去した製品も増えています。口紅で注意すべきもう一つは香料です。唇は皮膚が薄く感作されやすいため、香料入りのリップ製品で口唇炎を生じる人もいますjcia.org。したがってアレルギー体質の患者には無香料・低刺激のリップクリーム(できれば旧表示指定成分を含まないもの)を勧めるのが安全です。
- アイメイク(アイシャドウ・アイライナー・マスカラ): 目元は皮膚が薄く敏感な上、目に入るリスクもあるため、安全性に細心の注意が払われます。アイシャドウは顔料(酸化鉄、グンジョウ(青色顔料)、二酸化チタン、マイカなど)と油分・ワックスで構成された固形または粉末です。近年は発色や輝きを出すためにマイカに金属酸化物をコーティングしたパール顔料が多用されます。これら成分自体の毒性は低いですが、時に金属アレルギー(例えば含有する微量のニッケルやクロムに対するアレルギー)でまぶたの接触皮膚炎を起こす人がいます。アイシャドウによるまぶたのかぶれは主に防腐剤か顔料由来の金属が原因とされます。防腐剤はフェノキシエタノールやパラベンが少量入りますが、先述の通りパラベンは滅多にアレルゲンにならず、むしろ近年問題になったMI系防腐剤はアイシャドウには配合禁止になったため(EUではアイライナー等を含め全面禁止)、リスクは減っていますjstage.jst.go.jp。アイライナーやマスカラは顔料を含む点は同じですが、液状やペースト状で樹脂やフィルム形成剤が多く含まれます。例えばアイライナー液には合成樹脂(アクリル酸系ポリマーなど)が配合され、皮膚上で耐水性の膜を作ります。これら樹脂も稀にアレルギーを引き起こし、アイライナーでまぶたがかぶれるケースがあります。またマスカラの繊維(まつげを長く見せるためのナイロン繊維等)は物理的に目に入ると結膜炎を起こすことがあり注意です。マニキュアなどネイル製品は目元ではないですが、含有する有機溶媒や樹脂(トルエン、ホルマリン樹脂など)が強いアレルゲンになり、乾いた後も揮発成分でまぶたや首にかぶれを生じる例が知られています(マニキュアによる遠隔接触皮膚炎)。このようにアイメイクは局所への刺激・アレルギーだけでなく、飛散・揮発による影響にも留意が必要です。
メイクアップ用品の発がん性については、一般に通常の使用で消費者が発がんリスクを負うことは極めて低いと考えられています。ごく微量含まれる不純物(重金属やホルムアルデヒドなど)が理論的リスクとして挙げられるものの、各国の規制当局はそれらの上限値を厳格に定め管理していますour-initiatives-in-formulation-ingredient-package.shiseido.com。例えばコールタール色素(タール系色素)には発がん性の議論があったため、現在使用可能な染料は安全性試験をクリアしたものに限定されています。また欧米では近年**PFAS(有機フッ素化合物)**が一部の耐水化粧品(ファンデーションやマスカラ)から検出され、環境汚染・人体への長期影響(発がんリスクや内分泌かく乱)が懸念されましたnewsweekjapan.jp。PFAS自体は禁止ではありませんが、この報告を受けて欧州では使用制限が検討されています。日本でも製品中の有害物質混入が判明すれば行政指導や回収の対象となります。
安全性評価の観点では、基礎化粧品・メイクアップ用品問わず各メーカーは発売前にさまざまなテストを行っています。皮膚一次刺激性試験(パッチテスト)はヒトまたは代替法で実施され、アレルギー性の有無も動物実験代替法(in vitroの感作試験など)やHRIPT(累積刺激パッチテスト)で確認されます。アイメイク用品は眼粘膜への刺激がないか眼刺激試験(ウサギを用いた試験は現在ほぼ行われず、in vitroの再構築角膜モデル試験等)が活用されています。また光毒性試験も、SPF効果のある製品や光感受性を疑われる成分については実施されます。さらに、各成分は長年の蓄積データを基に安全と考えられる使用量が決められており、製品中の濃度は安全マージンを十分にとって設定されています。例えばパラベンは化粧品中0.2%以下で使うのが一般的で、この量では内分泌かく乱などのリスクはないと評価されています。安全確保のもう一つの方法はネガティブリスト・ポジティブリスト制度で、各国法規で禁止物質・配合上限物質が定められています。日本でも化粧品基準によりヒ素、水銀、メタノール等の有害物質は検出不可、ホルムアルデヒドやタール色素などは許容範囲が決められています。メーカーはこれら法規を順守して処方を設計し、出荷前にロット毎の品質検査(重金属試験・微生物検査など)を行っています。総じて、基礎化粧品・メイク用品はいずれも**「人の皮膚に日常使って安全であること」**を大前提に開発・生産されており、ユーザーに深刻な健康被害を及ぼす可能性は極めて低く抑えられていますjstage.jst.go.jp。もっとも、微小なリスク(肌トラブル)をゼロにすることはできないため、医師は患者の化粧品使用状況も問診し、トラブル時には成分を精査して原因推定・使用中止の指導を行うことが大切です。
21.3 医薬部外品(薬用化粧品)の定義・認可制度・安全性評価
医薬部外品(いわゆる薬用化粧品を含む)とは、医薬品と化粧品の中間に位置するカテゴリーです。薬機法(医薬品医療機器等法)第2条で定義されており、「人に対する作用が緩和で、次の目的のために使用されるもの」とされていますyakujihou.com:
- イ.防止・衛生を目的: 例として「吐き気その他不快感の防止」「口臭・体臭の防止」「あせも・ただれ等の防止」「脱毛の防止、育毛または除毛」などyakujihou.com。
- ロ.防除を目的: 衛生害虫の駆除など(防除用医薬部外品)。
- ハ.医薬品と同等の目的で厚労大臣指定のもの: 上記イ・ロ以外で特に指定された用途。
この定義からも分かるように、医薬部外品は**「疾病の治療」ではなく主に予防や衛生を目的としており、人体への作用は薬より穏やかなものですkao.com。典型的な医薬部外品には、口中清涼剤(マウスウォッシュ)、薬用歯磨き、薬用石鹸、育毛剤、薬用シャンプー、デオドラント剤などがありますyakujihou.com。そして薬用化粧品とは、この医薬部外品に分類され化粧品的な用途も併せ持つ製品を指しますyakujihou.com。例えば薬用化粧水**、薬用クリーム、薬用美白美容液などが該当し、「肌荒れ・ニキビを防ぐ」「メラニンの生成を抑えシミ・ソバカスを防ぐ」「日焼けによるシミを防ぐ」といった効能効果を表示できますkao.comkao.com。これら効能効果は厚生労働省により限定リスト化されており、メーカーはその範囲内で製品の効果を標榜できますkao.com。例えば「ニキビを防ぐ」という効果は認められますが、「ニキビを治す」とは表示できません(治療ニュアンスがあるため)yakujihou.com。同様に「美白」についても「シミを消す(治す)」ではなく「メラニンの生成を抑え、シミ・ソバカスを防ぐ」としか謳えません。これは効能を控えめに表現しているのではなく、医薬部外品として許可された効果効能の範囲がそこまでであることを意味しますyakujihou.com。
医薬部外品を製造販売するには、品目ごとに国(厚生労働大臣)の承認を受ける必要がありますyakujihou.com。通常の化粧品が届出制であるのに対し、医薬部外品は処方や有効成分について事前審査が行われる点が大きな違いです。承認申請に際して提出すべき資料は多岐にわたり、既存成分のみを使った既承認品と同等の処方であれば簡略な審査で済みますが、新規性のある成分や効果を謳う場合は有効性・安全性に関する試験データの提出が求められますjetro.go.jpjetro.go.jp。具体的には、有効成分として厚労省が認めた成分(例えば美白ならアルブチンやビタミンC誘導体、抗炎症ならグリチルリチン酸など)を一定濃度以上配合し、その定量試験法や製品規格を整備します。また、使用方法・用量が適切か、安定性試験の結果、有効成分が有効期限内安定に含まれるか、といった点も審査対象ですjetro.go.jp。新規有効成分を含む場合にはさらに詳細な試験が必要です。例えばヒト反復塗布試験による長期安全性確認や、動物を用いた毒性試験(急性・亜急性毒性、変異原性など)、有効性の臨床試験などですpmda.go.jp。近年では臨床評価ガイドラインも策定されており、新規性のある医薬部外品(特にシワ改善や美白など機能性を謳うもの)ではプラセボ対照試験で有意差を示すことが求められていますjapal.org。実際、しわ改善効果で承認を得たナイアシンアミドやレチノール配合製品は、20代後半〜60代の被験者を対象に複数か月間の塗布試験を行い、専門医評価で有意なシワ減少を証明していますjcss.jp。このように、医薬部外品の承認には科学的なエビデンスが必要となり、そのハードルは単なる化粧品より高く設定されています。
医薬部外品として承認を取得すると、製品には**「医薬部外品」または「薬用」の表示をすることが義務付けられますyakujihou.com。またパッケージには有効成分の名称と含有量、そして添加物中旧表示指定成分**(アレルギー誘発の恐れがある成分)が含まれる場合はその成分名を表示することが義務付けられていますpola.co.jp。他方、全成分表示の義務は医薬部外品にはありませんpola.co.jp。このため、薬用化粧品では有効成分以外の成分については一部しか表示されない場合があります(企業の自主的判断で全成分を表示する製品もあります)。医薬部外品はある意味ブラックボックスになりやすい側面があり、患者が特定成分にアレルギーがある場合にラベルだけでは判別できないケースもあります。医師が問診で確認し、不明な場合はメーカーに問い合わせるなどの対応が必要です。
安全性の評価については、上述のように承認前に各種試験が課されます。医薬部外品は「人体への作用が緩和」とされていますが、実際には薬用美白化粧品のようにメラニン生成を抑制する生理作用を持つものもあり、作用機序によっては予期せぬ健康被害が起こる可能性も否定できませんjstage.jst.go.jp。その象徴的な事例がロドデノール(Rhododenol)を含む美白化粧品の白斑問題でした(後述jstage.jst.go.jp)。この事件以降、厚労省は新規美白有効成分の安全性審査において培養細胞レベルでのメラノサイトへの影響評価など、より踏み込んだ検証を行うようになりました。また市販後の安全対策として、製造販売業者には副作用・健康被害の収集義務が課され(重篤なケースは行政への報告義務あり)、行政も皮膚科医から症例収集するSSCI-Netのようなネットワークを支援していますjstage.jst.go.jp。医薬部外品も完全にリスクフリーではなく、広範な人に使われて初めて判明するリスクもあります。そのため、市販後に問題が見つかれば承認の取消や自発的な製品回収が行われます(実際、ロドデノール白斑問題では2013年7月に全製品が自主回収されました)。もっとも、そうしたケースは非常に稀であり、日本で承認され流通している医薬部外品の大半は、適正使用下での有害事象発生率がごく低い安全な製品です。有効性についても、「医薬部外品なんて効かない」と言われることがありますが、適切な試験で有意差が確認されたものだけが承認されている点で、一定の信頼性があります(効果の絶対量は医薬品ほど顕著ではなく穏やかな改善が目的)。患者に薬用化粧品を勧める際は、その効能効果の範囲と作用の穏やかさを説明し、過度な期待や誤用(例えばシミ治療目的に美白美容液を過剰に塗る等)をしないよう指導することが重要です。
21.4 化粧品による健康被害の事例と頻度
化粧品は安全性が高い消費製品ですが、それでも皮膚トラブルが起きることがあります。化粧品による健康被害として代表的なものに、接触皮膚炎(アレルギー性・刺激性)、光毒性・光アレルギー、接触蕁麻疹、さらには稀ですが脱色素斑(白斑)や全身性のアレルギー症状などがありますjstage.jst.go.jp。ここではそれぞれの具体例と頻度、対策について述べます。
- アレルギー性接触皮膚炎(ACD): 化粧品中の特定成分に対し免疫学的アレルギー反応(IV型遅延型過敏)が成立すると、塗布部位に赤み・湿疹・痒みを伴う皮膚炎が生じます。症状は通常、使用開始から数日~数週間後に現れ、一度感作されると微量でも反応するようになります。化粧品でアレルギーを起こしやすい成分として、防腐剤、香料、色素、ゴムや金属由来の不純物が挙げられますjcia.org。具体例では、香料中のリナロールやシトラール、防腐剤のMI・ホルマリン、染毛剤(ヘアカラー)のパラフェニレンジアミン(PPD)、ネイル製品中のトシルアミドホルムアルデヒド樹脂などが有名です。頻度としては、一般人口の数%が何らかの化粧品成分にアレルギーを持つと推定されますが、実際に皮膚炎が起こるのは使用者全体のごく一部です。日本では皮膚科医が集計した化粧品によるアレルギー性皮膚障害の症例が年間数百件報告されていますjstage.jst.go.jp。例えば2016〜2021年度の累計で2,574件の化粧品アレルギー性接触皮膚炎症例が学会報告に集積されておりjstage.jst.go.jp、これは決して多い数字ではありませんがゼロでもないということです。中でも多かった原因物質は、イソチアゾリノン系防腐剤、香料成分、ゴム由来成分などでしたjstage.jst.go.jp。近年問題になったメチルイソチアゾリノンは、かつて市販ウェットティッシュなどで乱用され欧州で100人以上のアレルギー例が出る事態となりました。日本でも7製品で7症例の報告がありjstage.jst.go.jp、現在は配合自粛が広がっています。アレルギー性接触皮膚炎の臨床像は、塗布部位の紅斑・丘疹・小水疱などで、強い痒みを伴います。顔面の場合、まぶたや首など皮膚の薄い部位に顕著に出ることがあります。重症例では接触していない部位(全身)にまで皮疹が波及する散布型接触皮膚炎になることもありますjcia.org。診断にはパッチテストが有用で、疑わしい製品や成分を貼付し反応を見ることで原因を特定できます。治療は原因物質の除去とステロイド外用など対症療法ですが、一度発症したアレルギーは長年続くこともあるため、患者には該当成分を含む製品を今後避けるよう指導します。表示名が製品ごとに異なる場合もあるので、必要に応じて医師や薬剤師が確認のサポートをすると良いでしょう。
- 刺激性接触皮膚炎(ICD): こちらはアレルギーではなく、化粧品の物理・化学的刺激によって起こる皮膚炎です。圧倒的に頻度が高いのはこちらで、例えば「新しい化粧水をつけたらピリピリした」「ピーリング石鹸で肌が赤く荒れた」などの経験は珍しくありませんjcia.org。刺激性皮膚炎は、肌のバリア機能が低下している部位(目周りや口周りなど)や、強い成分を頻回に使った場合に生じます。原因としてアルコール(エタノール)高配合のさっぱり化粧水がヒリつきを起こす、AHA配合の角質ケア製品で軽い炎症が起きる、スクラブやピーリングの摩擦・剥離作用で一時的に赤みが出る、といったものがあります。マスク生活で蒸れた肌にファンデーションを厚塗りした結果、ニキビや皮膚炎が悪化することも刺激要因と言えますjcia.org。ICDの症状は境界明瞭で、接触部位に限局した発赤、ヒリヒリ感、場合によっては鱗屑(皮むけ)を伴います。水疱形成や苔癬化は通常起こりません。治療はとにかく刺激を避けること(原因製品の使用中止、シンプルなスキンケアへの切替)で、軽症なら自然軽快します。必要に応じて弱めのステロイド外用や保湿で皮膚バリアを立て直します。医師としては、患者の自己流スキンケアが原因のことも多いので、使用量・頻度の誤りがないか確認することが重要ですjcia.org。例えば「スクラブ洗顔を朝晩2回している」「レチノールクリームを大量に塗っている」など過剰なケアはないか聞きただし、適正な使用法を指導します。また、季節的要因(乾燥時期で肌が敏感になっている等)も考慮します。刺激性皮膚炎はアレルギーではないため、一過性で済むことが多いですが、繰り返すと慢性刺激性皮膚炎となりバリア機能がさらに落ちて悪循環に陥ることがありますjcia.org。指導としては「赤みや刺激を感じたらすぐ使用を中止し、皮膚科受診する」「新しい強力な製品(例:ピーリング)を使うときはまず狭い範囲で試す」などを患者に伝えると良いでしょう。
- 光毒性・光アレルギー: 化粧品をつけた部位に日光(特にUV-A)を浴びた時、成分が光と反応して皮膚障害を起こす場合があります。光毒性とは、非免疫学的に、ある化学物質が紫外線に当たって活性化し細胞障害を起こすものです。一方光アレルギー性皮膚炎は、その物質が光で変化した結果アレルゲンとなり免疫反応を起こすものです。化粧品では過去にオードコロンや香水中のベルガモット精油が紫外線と反応し、塗布部位(首や耳後ろ)が帯状に色素沈着するベルロック皮膚炎が有名でした。ベルガモットに含まれるフロクマリン類(ベルガプテン等)が光毒性を持つためですが、現在はフロクマリンを除去したオイルが使われるのが通常です。サンスクリーン(日焼け止め)に使われていたPABA(パラアミノ安息香酸)は光アレルギーをよく起こすことで知られ、現在ほとんど使用されなくなりました。とはいえ、香料成分の中には現在でも光毒性が報告されるものがあり、EUでは光毒性を有する香料は香水中の濃度上限が定められています。日本でも光毒性が判明した成分は配合自粛となります。発生頻度は低く、臨床でも日焼け止めでかぶれたケースの大半は紫外線吸収剤そのものへのアレルギーであり、光を介した反応はまれです。ただ、患者から「日光に当たる部分だけかぶれる」と聞いたら、使用中の化粧品に何らかの光感作物質が含まれていないか注意を払います。治療は一般の接触皮膚炎と同様ですが、色素沈着を残しやすいため早期にステロイド外用で炎症を抑えること、そして原因物質の特定と回避が重要です。光アレルギーの診断には光パッチテスト(紫外線照射を組み合わせたパッチテスト)を行います。例としてケトプロフェンという鎮痛消炎テープ成分が香粧品中香料と交差反応し日光過敏を起こすケース(いわゆるチャドクガ皮膚炎類似の遷延する光アレルギー)がありましたが、現在ケトプロフェン含有湿布は注意喚起がされています。このように、化粧品自体でなくとも外用薬や植物との接触で光アレルギーになる例もあるため、問診では化粧品以外も含め広く確認する必要があります。
- アレルギー性/非アレルギー性接触蕁麻疹: 化粧品を塗布後数分〜1時間以内に、その部位に膨疹(蕁麻疹)が生じる場合があります。これは接触蕁麻疹と呼ばれ、原因が免疫学的(IgE介在性)の場合と非免疫性の場合がありますjstage.jst.go.jp。免疫性の例として、「茶のしずく石鹸」事件が挙げられます。市販の石鹸に高濃度の加水分解コムギ蛋白(グルパール19S)が配合されており、それにより皮膚から小麦アレルゲンへの感作が成立、使用者がその後食品として小麦を摂取した際に重篤なアレルギー症状(小麦依存性運動誘発アナフィラキシー等)を起こした事件ですjstage.jst.go.jp。このケースでは石鹸使用部位にじんましんが出るだけでなく、全身の即時型症状(蕁麻疹の汎発や喘息発作、アナフィラキシー)が問題となりました。最終的に2,111人もの患者が確認されjstage.jst.go.jp、2011年に社会問題化しました。同様のタンパク質系成分として、ローヤルゼリー配合クリームでアナフィラキシー、カミツレエキス(カモミール)入り化粧水で顔面蕁麻疹、ヒアルロン酸入り化粧品での即時型アレルギーなどの報告があります。ただ、これらは極めて稀なケースで、一般には化粧品で全身アレルギーまで起こることは滅多にありません。非免疫性の接触蕁麻疹は、例えばメントールやトウガラシエキス配合の痩身ジェルを塗ってピリピリ・ミミズ腫れになる、といったケースです。これらは物質が直接マスト細胞からヒスタミンを放出させており、アレルギーではないため再現性があまりなく、一過性で消失します。治療も抗ヒスタミン内服程度で経過観察すれば治まります。対策として、高感作性のタンパク質成分は極力分子量を小さくする、配合濃度を下げるなどメーカーも工夫しています。また上述の小麦石鹸以来、高分子の生体由来成分を化粧品に配合することへの慎重論が出ており、実際表示名称の見直し(加水分解コムギの別名禁止など)も行われました。医師は、食物アレルギーのある患者に対して、その食物エキスを含む化粧品の使用には注意を促すとよいでしょう(例:卵アレルギーの人に卵由来成分配合のパックは避ける等)。
- 脱色素斑(白斑): 極めて珍しい副作用ですが、化粧品による皮膚の色素脱失が起きた例があります。2013年に社会問題となったカネボウ美白化粧品の白斑症状がそれですjstage.jst.go.jp。カネボウ化粧品が医薬部外品の美白有効成分「ロドデノール」を配合した複数の製品を販売していましたが、使用者の皮膚にまだらな白斑(白抜け)が生じる事例が多数報告されましたallabout.co.jp。ロドデノールはチロシナーゼ競合阻害剤でメラニン生成を抑える作用がありますが、一部の人ではメラノサイトに毒性を示し炎症と色素脱失を起こしたと考えられています。被害は約1万9千人超に及びjstage.jst.go.jp、当該製品群はすべて回収されロドデノールの使用は中止されました。下図はロドデノール配合クリームを使用した患者の頸部にできた白斑の例です(一部に紅斑・掻痒を伴っています)。白斑部は周囲と比べてメラニン色素が抜けており目立ちます。
図21.1 ロドデノール配合美白化粧品の使用によって頸部に生じた白斑(一部に紅斑・掻痒を伴う)allabout.co.jp
この事例では、皮膚科医が初期に2症例をカネボウ社に報告していたものの、当初は「一時的なかぶれ」と判断され対応が遅れましたallabout.co.jp。その後被害報告が相次ぎ、最終的に自主回収と被害補償に至っていますallabout.co.jp。白斑は尋常性白斑(いわゆる白なまず)と似た状態で、現時点で確立した治療法はなく、患者さんには紫外線対策と外用(ステロイドやビタミンD₃)など対症療法を続けてもらうしかありません。これほど大規模な脱色素斑事故は世界的にも例がなく、安全と思われていた化粧品・医薬部外品にも落とし穴があることを痛感させる出来事でしたjstage.jst.go.jp。このケースを受け、厚労省は製品発売後のモニタリング強化やメーカーと医療現場の情報共有の重要性を再認識し、前述のSSCI-Netのような仕組み作りにつながりましたjstage.jst.go.jpjstage.jst.go.jp。医師としても、白斑様の症状を見たら化粧品の関与を疑い、早期に情報提供・共有を行うことが被害拡大防止に寄与します。
以上、化粧品による主な健康被害の種類を述べました。頻度としては、軽微な刺激症状を含めれば化粧品使用者の数%が何かしら経験するかもしれません。しかし、重篤な健康被害(たとえばアナフィラキシーや広範な白斑、難治の皮膚炎)は極めて稀です。統計上も、医薬品副作用に比べれば化粧品による有害事象ははるかに少なく、安全な部類に入ります。ただし一旦問題が起これば影響人数が多くなる可能性があるため、注意喚起の方法が重要です。各メーカーは製品の説明書や公式サイトに使用上の注意を記載しており、異常を感じたら使用中止する旨や、特定製品(例:毛染め剤)ではパッチテストを事前に行うよう勧告しています。特にヘアカラーは激しいアレルギーを起こすことがあるため、「必ず48時間前に皮膚試験をしてください」という注意書きを義務付けています。また旧表示指定成分についても、全成分表示になった現在でも消費者向けサイト等でリストを公開し、敏感肌の人は参考にするよう促しています。「無添加化粧品」と称してパラベンなどを含まない製品も増え、消費者自身が避けたい成分を選択できる環境が整いつつあります。一方で、「無添加」「低刺激」表示にはガイドラインがあり、他社製品を不当に危険と印象づける表現は禁止されています。医療従事者は、患者に対し宣伝文句に惑わされず成分表示を読む習慣を持つよう指導することも大切です。万一重大なトラブルが発生した場合、厚労省や消費者庁はプレスリリース等で速やかに公表し注意喚起を行います(カネボウ白斑事件の際もテレビニュースや新聞で大々的に報道されました)。皮膚科医も学会や行政から情報提供を受け、疑わしい症例に遭遇したらメーカーや行政に情報提供する双方向のコミュニケーションが求められますjstage.jst.go.jpjstage.jst.go.jp。このように皆が注意を払うことで、化粧品の安全性はこれからもさらに高められていくでしょう。
21.5 日本における化粧品関連法規と安全性確保のしくみ
日本国内の化粧品規制は主に薬機法(医薬品医療機器等法)によって定められています。薬機法では冒頭で医薬品・医薬部外品・化粧品の定義を示し、それぞれに異なる規制を敷いていますkao.comyakujihou.com(前述の通り)。化粧品は「人の身体を清潔にし、美化し、魅力を増し、容貌を変え、皮膚や毛髪を健やかに保つ目的」で使われ、「人体に対する作用が緩和なもの」と定義されますyakujihou.com。そして**「化粧品は安全であることが基本」**とされ、企業には製造販売前に十分安全性を確認する責任がありますjstage.jst.go.jp。
具体的な制度として、化粧品の製造販売業者になるには厚生労働省(都道府県)から許可を得る必要があります(化粧品製造販売業許可)。許可業者は各製品について製造販売届出を提出し、市場に出すことができます。届出制であり承認審査はありませんが、処方や表示が薬機法・関連法令に適合していることを自主管理する必要があります。また製造所ごとに化粧品製造業許可が必要で、適正な製造管理(GMP)基準が定められています。製品についてはロットごとの品質試験と記録の保存が義務付けられ、万が一クレームがあれば原因ロットを追跡できるようになっています。製造販売業者は、消費者からの健康被害報告を受けた場合厚労省への報告義務(重篤例)があります。2014年の薬機法改正で化粧品副作用被害報告制度が整備され、重大なトラブルは行政が把握しやすくなりました。
成分規制について、日本にはポジティブリスト(使用可能成分リスト)とネガティブリスト(使用禁止成分リスト)があります。厚労省告示の化粧品基準には、使用してはならない成分(例:ヒ素や水銀、その化合物;クロロホルム;ピクラミン酸など)、および使用条件付きで配合可能な成分が列挙されています。後者には防腐剤、紫外線吸収剤、タール系色素などがあり、それぞれ成分名と最大使用濃度、用途制限等が定められていますpola.co.jppola.co.jp。例えばパラベン類は化粧品全体の0.2%まで、サリチル酸は殺菌防腐目的で0.2%まで等です。またコールタール色素(指定化粧品用色素)は成分ごとに厚労省の指定番号があり、それ以外の染料は使用禁止です。これらの規制により、化粧品に明らかに有害な物質が配合されることは防がれています。
表示義務は、化粧品の場合全成分表示が2001年から義務化されましたjoca.jp。製品のパッケージまたは添付文書に全成分(着色剤は濃度順不同)を記載しなければなりません。これにより消費者や医療者は成分を確認でき、アレルギーの原因推定などに役立ちます。全成分表示導入以前は表示指定成分といって、102種類のアレルギー等皮膚障害を起こす恐れがある成分のみを表示すればよいルールでしたjoca.jp。現在は全成分が載っているため一見その指定成分リストは意味をなさなくなりましたが、実際には**「旧表示指定成分無添加」を売りにする製品が数多く存在し、マーケティングや消費者の判断材料として利用されていますjoca.jp。「旧表示指定成分」はpola.co.jpにあるようにアレルギー等の肌トラブルをまれに起こす恐れのある成分**で、香料を除き102種あります。例えばパラベン、フェノール、ラノリン、オキシベンゾン、サリチル酸などが含まれますpola.co.jppola.co.jp。全成分表示後も医薬部外品ではこれら指定成分のみ表示義務が残っておりpola.co.jp、薬用化粧品の表示を見ると「○○(防腐剤)、その他の成分:…」という形で一部成分しか書かれていないことがあります。この点、消費者や医療者からは医薬部外品も全成分表示すべきとの意見があり、メーカーの自主的開示も増えてきました。
広告規制についても薬機法で詳細に定められています。第66条では、医薬品・医薬部外品・化粧品の虚偽または誇大な広告を禁じていますyakujihou.com。例えば化粧品で「シミが消える」「絶対にニキビが治る」といった表現は事実であっても法律上NGです。また66条2項および関連通知では、医師その他権威者の推薦を謳う広告も禁止されていますmedical-soleil.jpmedical-soleil.jp。つまり「皮膚科医が保証」「〇〇クリニック院長お墨付き」のような宣伝はできません。ドクターズコスメであっても広告上は「医師監修」という事実表示は許されますが、それを効能保証と受け取られるような表現は注意が必要ですfcd-lawoffice.com。他にも、不快な写真を過度に載せる・公序良俗に反する広告・比較広告など、薬機法や景品表示法の規制があります。違反した場合、行政指導や回収命令、罰則(業務停止や罰金)もあり得ますyakujihou.comyakujihou.com。最近ではインターネットやSNSでの宣伝も多いため、厚労省は監視を強化しています。医師としても、自院で化粧品を扱う際の広告表現には注意が必要です。
動物実験に関して、日本は法的な禁止規定はありません】。EUが2013年に化粧品の動物実験を全面禁止しcanada.ca、以降世界で40か国以上が追随していますがcoslaw.eu、日本では現時点で企業の自主性に委ねられています。ただし日本の主要メーカーは国際的潮流を受け入れつつあり、「新成分の安全性確認などやむを得ない場合を除き動物試験は行わない」という方針を公表しています(例えば資生堂は2013年以降自社での動物実験を中止)。またalternative method(代替法)の研究も進み、皮膚刺激やアレルギー性、眼刺激など多くの項目でin vitro試験やヒトボランティア試験で評価可能となりました。行政も動物実験を推奨はしておらず**、むしろ企業に対し代替法活用のガイダンスを示しています。ただ、中国への輸出などで相手国当局により動物試験が要求される場合があり、その際は例外的に実施されることがあります。このように完全になくなったわけではありませんが、日本国内向け製品の開発では動物を使わず安全性を担保するのが標準となりつつあります。ゆくゆくは日本もEU同様に化粧品動物実験の法禁止に踏み切る可能性があります。
旧表示指定成分については前述のように歴史的経緯があります。現在でも消費者には「旧指定成分=肌に悪い成分」との認識が残っているため、企業はしばしば「旧表示指定成分フリー」を商品の売りにしています。しかし旧指定成分の中にも有用で安全なもの(パラベンなど)がありますし、一方で旧指定成分に入っていない成分でもアレルギーを起こす例が判明したものもあります(例:MIは旧指定成分でなかったが問題化した)。つまり旧指定成分リストは完全な安全指標ではないことに留意が必要です。ただ、このリストのおかげで日本では早くから香料や防腐剤に対する意識が高まり、全成分表示への移行もスムーズに進んだという側面がありますjoca.jp。医師としては旧指定成分を極度に恐れる必要はないと説明しつつ、患者が特定成分でかぶれた既往がある場合はリストを参考に回避指導する、というスタンスが良いでしょう。
最後に安全性審査のプロセスをまとめます。日本の化粧品は各社の安全担当部門で成分ごとの毒性データを収集・評価し、必要に応じてヒト皮膚斑試験などを行って上市されます。行政による事前審査は化粧品にはありませんが、上述の通り事後チェックの仕組み(行政検査や苦情処理システム)が整っています。実際、稀に行政が市販製品を抜き取り検査し基準不適合が見つかれば回収命令が出ます。例えば以前、海外ブランドのアイシャドウから基準値超の鉛が検出され輸入停止になった例があります。また輸入化粧品では薬機法に違反する表示・成分がないか税関でチェックされます。さらに、医薬部外品についてはPMDA(医薬品医療機器総合機構)が審査を行い、新規成分には専門委員会で審議がなされますpmda.go.jp。以上のような多層的な仕組みにより、日本国内に流通する化粧品の安全性は確保されています。医療者は、患者の用いる化粧品が日本の正規ルートで販売されているか(ネット通販等での並行輸入・個人輸入品には注意)、また明らかに法外な宣伝をしていないか(違法・粗悪品の可能性)に目を光らせ、適切な助言を行う役割も担っています。
21.6 海外における化粧品の規制・安全基準の比較
化粧品の規制は各国・地域で異なりますが、大きく欧州連合(EU)型と米国型、そして日本に似たアジア型に分けられます。それぞれの特徴を見てみましょう。
- 欧州連合(EU): EUは世界で最も厳格かつ包括的な化粧品規制を敷いています。現在、EU加盟国ではEU化粧品規則 (Regulation (EC) No.1223/2009)が適用されており、統一ルールの下で各国共通の基準が守られます。特徴はまず動物実験の全面禁止です。EUでは2004年に化粧品製品の動物実験を禁止、さらに2009年に原料についても禁止、そして2013年から動物実験を行った化粧品の販売自体を禁止しましたcanada.ca。これはEU域内のみならず、たとえ他国で動物実験された商品でもEUでは販売できないという強い措置ですecomundo.eu。また成分の規制も非常に厳しく、1300以上の物質が使用禁止リストに挙げられeara.eu、使用可能でも濃度制限付きの成分が数百種に上ります。例えばタール色素の多くやホルモン様作用のある物質、発がん性が疑われる物質は片っ端から禁止しています(もっとも、その多くは元々化粧品に使われていなかった工業物質も含まれます)。パラベン類も一部の長鎖パラベン(プロピルパラベンなど)は幼児製品での使用制限がされています。さらに香料アレルゲン表示が義務化されており、26種類の特定香料成分は微量でも配合されていれば成分表に明記しなければなりません(日本にはこの個別表示義務はありません)。EUでは各製品ごとにResponsible Person (責任者)をEU域内に置き、その者が安全性評価書を作成することになっています。これは毒性学の専門知識を持つ安全評価担当者が、その製品の全成分について経口/経皮毒性、蓄積性、相乗効果などを評価し、使用によるリスクがないかレポートするものです。またProduct Information File (PIF)といって製品ごとの詳細情報(成分規格、安全データ、微生物テスト結果、使用実績など)を保管し、当局から請求があれば提出します。これらにより事前承認なしでも高い安全性担保を実現しています。承認制度はありませんが、販売前にCPNPというEUのデータベースにオンライン届出しなければなりません。何か問題があれば各国当局がリコール命令等を出す仕組みで、市販後監視(Cosmetovigilance)も機能しています。EUは特に環境や労働者安全の観点も取り入れており、最近ではプラスチックビーズの禁止や、有害化学物質全般を包括的に規制する動き(REACH規則の活用)もあります。総じて、EUの化粧品は「安全性最優先」であり、企業側にはかなりの書類作成と責任が課されますが、その分消費者にとって安心感の高い制度と言えます。
- 米国(アメリカ): アメリカの化粧品規制は長らく寛容で、基本的にFDA(食品医薬品局)への事前承認は不要、メーカーの自己責任で市場販売できるというものでした。医薬品的な効能を謳うとOver-The-Counter (OTC) Drugに分類されFDAの承認やモノグラフ準拠が必要になりますが、それ以外の純粋な化粧品はFDAは事前審査しませんanimals-peace.net。例えば日焼け止めは皮膚癌予防効果があるため米国ではOTC医薬品扱いで、使用可能な紫外線吸収剤の種類・濃度がFDAモノグラフで決められています。一方、日本で医薬部外品となる抗シミ・美白化粧品などは、米国では薬用成分(ハイドロキノン等)を含めば医薬品、含まなければ単なる化粧品として扱われます。米国では長年、化粧品に関して流通前届け出や成分審査の義務もありませんでした。しかし近年になり状況が変わり、2022年12月に**「化粧品規制近代化法 (MOCRA)」が成立しましたanimals-peace.net。これにより化粧品企業はFDAへの事業者登録・製品リスト提出が義務化され、さらに安全性確証**(Safety Substantiation)の責任が法的に明記されました。また副作用の企業による報告義務、動物実験の削減努力義務、香料アレルゲンの開示検討などが盛り込まれていますeleminist.com。すなわち米国もEUほどではないにせよ規制を強化する方向に動いています。とはいえ現時点で使用禁止成分はごく限定的(わずか数項目)で、EUで禁止のものでも米国で使える例が多々あります。例えば紫外線フィルターでは、EUや日本で承認されている新しいUVAフィルター(Tinosorb SやUvinul A Plusなど)が、米国では未承認のため使用できません。その結果米国製の日焼け止めはPA++++相当の強力UVA防御が難しい状況です。この承認滞りの背景にはFDAの厳しい薬事試験要求とメーカーの消極性があり、消費者や皮膚科学会から改善要望が出ています。動物実験に関して米国は連邦レベルで禁止はありませんが、近年カリフォルニア州を皮切りに10以上の州が動物実験済みコスメの販売禁止法を施行しましたeleminist.com。2023年にはニューヨーク州も禁止に加わり、主要市場で動物実験コスメは売れなくなっています。このように州法で圧力をかけつつ、連邦法(Humane Cosmetics Act)は未だ審議中ですanimals-peace.net。成分表示は米国でも全成分表示が義務ですが、香料の具体的成分は企業秘密として「Fragrance (Parfum)」とまとめて表記できます。EUではアレルゲン香料は個別表示なので、ここは消費者保護に差があります。また色素については米国は独自に食品薬品色素(FD&C)番号を付与し、安全性確認のためFDA認証を要するものもあります(例えばリップ製品に使う赤色系染料は各ロットでFDAの認可が必要)。総括すると、米国は**「事後規制・企業の自主性重視」の伝統でしたが、現在は「一定の予防規制を導入し国際調和へ」**動いている段階です。安全基準はEUほど厳しくなく、日本と比べても緩い部分があり(ハイドロキノン2%クリームがドラッグストアで買える等)、欧米間でも違いが残ります。
- 韓国・中国などアジア: アジアでは日本やEUの影響を受けた規制が多いです。韓国は2000年代に化粧品法を整備し、機能性化粧品という独自カテゴリーを作りました。機能性化粧品には、美白(色素沈着抑制)、しわ改善、日焼け止め、ニキビ改善、育毛などの効果を標榜する製品が該当し、これは日本の医薬部外品に類似しています。韓国では機能性化粧品を製造・輸入販売する際、品目ごとに安全性・有効性の審査を食品医薬品安全処(MFDS)の評価院に依頼し、許可(認証)を得る必要がありますjetro.go.jpjetro.go.jp。申請書には有効成分や開発経緯、安全性試験成績(刺激試験、毒性試験など)、有効性試験成績(臨床データや機器測定データ)が求められますjetro.go.jp。一度許可を得た品目は認証番号を表示し、広告でも「機能性化粧品」である旨を表示できますjetro.go.jp。機能性化粧品以外の一般化粧品は日本同様、届出のみで販売可能です。韓国は成分規制もEUに近づけており、2010年代に旧来の表示指定成分制度を廃止し全成分表示に移行しました。動物実験も2018年から一部禁止となり、EU域外では先進的です。中国は特殊な位置づけですが、2021年に化粧品監督管理条例が施行され大改革が行われました。中国では特殊化粧品(旧来は特殊用途化粧品)と普通化粧品に分類し、前者(育毛、染毛、美白、日焼け止め、痩身など)は発売前に登録(承認)が必要、後者は届出制です。中国はかつて輸入化粧品に動物実験を義務付けていましたが、現在は条件付きで動物実験免除が可能になりました(安全性試験データやISO22716準拠証明を提出すれば普通化粧品は免除)animals-peace.net。ただし美白や育毛など特殊用途では依然として動物データ提出を求められる場合があります。成分規制は中国版の禁止・制限リストがあり、例えばメラニン抑制剤ではハイドロキノンは美容目的では禁止、過酸化水素は濃度制限等、日本と似ていますが微妙な差異があります。台湾や**東南アジア(ASEAN)**諸国も、ASEAN化粧品指令に基づきEU型に近い規制を採用しています。多くは届出制+禁止成分リストの組み合わせで、シンガポールなど一部を除き動物実験は禁止されていません。インドも2018年に動物実験済コスメの輸入販売を禁止しました。こうした国際的潮流を踏まえ、日本の制度も必要に応じて微調整されています。
日本と海外の相違点をまとめると:
- 承認制度 vs 自主認証: 日本(および韓国、中国など)は医薬部外品/機能性で公的承認を与えます。一方EUや米国は基本承認なしで市場に出し、事後的責任を問う仕組みです。日本方式は公的なお墨付きがある分信頼は高いですが、新成分開発に時間とコストがかかる側面があります。EU方式は革新的成分を出しやすい反面、企業のモラルに依存するところもあります(ただEUは製品責任が厳しく問われるので実質的な歯止めは効いていると言えます)。
- 効能表示の範囲: 日本は薬機法により化粧品の効能表現を「清潔・美容・魅力・健やかを保つ」範囲に限定し、医薬部外品のみ特定の効果を認めていますkao.com。米国は医薬品/化粧品の二分法で、効能的表現をしたければOTC薬になります。EUは「化粧品は外見を変えるもので治療効果を標榜してはならない」としつつ、アンチエイジングやセルライト軽減など美容上の機能性は柔軟に認めています。要は消費者を誤認させない限りOKというスタンスで、実効性については業界自己基準(欧州化粧品協会のテストガイドラインなど)があります。日本のように「医薬部外品=薬用」と明確に区別する方が分かりやすい面もありますが、EUでは逆に境界領域をその都度協議して決めています(例えばまつ毛育毛液は化粧品か薬か等を個別判断)。
- 成分安全基準: EUは最も保守的(疑わしきは即禁止の姿勢)、米国は実用主義(長年問題なければ使う、疑義が出ても明確証拠ない限り禁止しない)、日本や韓国はその中間といえます。例えば防腐剤のホルマリン(ホルムアルデヒド)はEU・日本では配合禁止ですが、米国ではネイル用硬化剤に限り使用されていたりします。またサリチル酸はEUで3.0%までOK、日本は0.2%までと日本の方が厳しい箇所もありますpola.co.jp。ハイドロキノンはEUでは化粧品配合禁止、米国は2%以下OTC薬、日本は医薬部外品不可だが化粧品扱いで自己責任使用(一部のドクターズコスメがクリニックで処方的に扱っている)という具合に違いがあります。ステロイドなど明らかな医薬成分はさすがに各国とも化粧品には禁止ですが、近年話題の**カンナビジオール(CBD)**はEU・米国ではコスメに配合可能、日本では薬機法のグレー領域という差異もあります。
- 動物実験: EUがリードし各国追随する中、日本は遅れている印象でしたが、実際には日本企業の多くが非動物試験へ移行済みです。法制化は米国と同じくこれからの課題です。クルエルティフリー(動物実験していない)を重視する消費者の声は日本でも大きくなっており、化粧品各社は対応を迫られています。
このように各国規制に違いはありますが、共通するゴールは「消費者の安全を守りつつ産業を健全に発展させる」ことです。国際協議体の**ICCR(International Cooperation on Cosmetics Regulation)**では日米EU加韓などが情報交換し、成分の安全性データ共有や試験法統一に努めています。将来的には各国でほぼ同じ安全基準となり、どの国の化粧品を使っても同等に安心、という状態が理想です。現時点では海外通販で日本では認められない強い薬用成分入りコスメが手に入るケースもあるため、医師は患者の持参する海外コスメにもアンテナを張り、必要なら使用中止を助言するなど注意喚起していくことが望まれます。
21.7 最近のトレンドと安全性をめぐる議論
近年、化粧品業界や消費者の間でいくつかのトレンドが顕在化しており、安全性に関する議論も活発になっています。ここではクリーンビューティー、ナチュラル・オーガニック志向、ヴィーガンコスメ、ナノテクノロジーの利用、エビデンスに基づく化粧品設計といったトピックについて解説します。
- クリーンビューティー(Clean Beauty): 「クリーン」という明確な定義はありませんが、多くの場合特定の有害とされる成分を排除し、安全・環境に優しい化粧品を指します。具体的にはパラベン、フタル酸エステル、硫酸系界面活性剤(SLS/SLES)、鉱物油、タルク、合成香料などを“不使用リスト”に挙げるブランドが多いです。この潮流の背景には、SNS等での成分への関心高まりと、「化粧品に潜む毒」を不安視する消費者心理があります。安全性の議論としては、クリーンビューティーブランドが避ける成分の中には科学的には問題ないとされるものも含まれる点が挙げられます。例えばパラベン類はごく弱いエストロゲン様作用が試験管内で示唆されたことから嫌われがちですが、実際の使用量では人体への影響はなくconcio.jp、むしろ安全性・保存効果のバランスに優れた防腐剤です。しかし一部で「パラベンは乳がんリスク」などと誤解され、クリーンビューティーでは真っ先に排除対象になりますconcio.jp。その結果、代替の防腐体系が必要となり、しばしばフェノキシエタノールや有機酸(ソルビン酸等)が高濃度で使われます。これら代替防腐剤はパラベンより刺激性が高い場合があり、パラベンフリー製品の方がかえって肌トラブルを起こしたという皮膚科報告もあります。また鉱物油フリーも定番ですが、鉱物油(ワセリン等)は精製度が高ければ非常に低刺激です。それを嫌ってエッセンシャルオイル(精油)に置き換えると、精油成分でアレルギー性皮膚炎を起こすリスクがむしろ上がりますjcia.org。このように、「○○不使用」「合成化学成分不使用=安全」という単純な図式には誤りがあり、専門家の間ではクリーンビューティーに批判的な声も少なくありません。一方で、クリーンビューティーのメリットもあります。それは成分や製造プロセスを透明化し、消費者に情報を開示する姿勢です。成分リストだけでなく、その由来や製造背景(サステナビリティ、倫理調達)まで発信するブランドもあります。また「防腐剤・香料無添加」によって敏感肌でも使いやすい製品が増えた側面もあります。実際、香料アレルギーの患者にはクリーン系ブランドの無香料製品が選択肢となるでしょう。結論として、クリーンビューティーについて医師はメリットとデメリットを正しく理解した上で患者にアドバイスする必要があります。患者が「この成分が怖い」と言うとき、科学的根拠を説明しすぎて不安を否定するより、クリーン製品で支障ないなら精神的安心を優先してあげるのも一つです。ただし、もしそれで肌トラブルが出ているなら「実は避けた成分より代わりの○○が原因かも」と教えることが求められます。
- 自然派・オーガニックコスメ: こちらも根強いトレンドです。植物由来成分を中心に、可能な限り天然のまま配合し、有機栽培原料を使用するなどした化粧品です。クリーンビューティーと重なる部分もありますが、より「ナチュラル志向」が強いのが特徴です。安全性面の議論として、「天然=安全、合成=有害」は必ずしも成り立たないことが重要です。天然由来の精油やエキスには多種多様な化学物質が含まれ、その中には強いアレルゲンや毒性物質もあります。例を挙げれば、アルニカエキスやプロポリスは人によっては激しいアレルギーを引き起こしますし、ベルガモットの精油は前述の通り光毒性が問題になりました。また自然派化粧品は防腐剤を極力避けるため、かえって製品中で細菌やカビが繁殖するリスクがあります。実際、一部の手作り化粧品で細菌汚染から使用者が皮膚感染症になるケースも報告されています。オーガニックコスメではエタノールやハーブ抽出物で防腐代替する例も多いですが、エタノール高配合は乾燥・刺激を招きやすく、敏感肌には辛いこともあります。それでもなお自然派が支持される理由としては、環境負荷が低いことや動物由来成分を使わない倫理観、そして香りや使用感が良い(精油のリラックス効果など)ことが挙げられます。さらに合成化合物を減らすことで肌への負担を減らせると感じる人もいます。医師としては、自然派コスメを好む患者に対し無理にそれを否定する必要はありません。ただ、「自然由来でもアレルギーは起きます。むしろ天然の方が成分が不安定でリスクもあります」と説明し、何か異常が出たらすぐ相談するよう伝えます。オーガニック認証(例えばフランスのECOCERTやCOSMOSスタンダード)を取得している製品は一定の品質基準を満たしているため、それを目安に選ぶのも良いでしょう。自然派コスメのブームは持続可能性(SDGs)の観点からも今後続くと予想され、安全性議論は「化学VS天然」の対立よりも個々の成分評価へと深化していくでしょう。
- ヴィーガンコスメ: 動物由来成分を一切使用しない化粧品です。例えばコラーゲン(魚由来が多い)やシルク、蜂蜜、乳由来成分、スクワラン(鮫肝油由来)などは用いず、全て植物性または合成由来で賄います。これは主に倫理(動物愛護、環境保護)の観点からのトレンドですが、安全性にも少し関与します。動物由来成分の中にはアレルギー源となり得るものがあるからです。例えばカルミン(コチニール色素)は虫由来の赤色顔料で、口紅などでアレルギー性口唇炎の原因になります。ヴィーガンコスメではカルミンの代わりに合成色素や植物色素を使うため、このようなアレルギーを避けられる利点があります。またラノリン(羊毛脂)は保湿に優れますがアレルゲンでもあります。ヴィーガン製品では植物油や合成エステルで代替するため、ラノリンアレルギーの人にも安全に使用できます。一方で、植物由来に置き換えることによる新たなリスクも考えられます。例えばミツロウ(蜂由来ワックス)を大豆ワックスに変えた場合、大豆アレルギーの人には注意が必要です。総合的に見れば、ヴィーガンコスメの主目的は倫理的消費であり、安全性は二次的なメリットと言えます。多くのヴィーガンブランドは同時にクルエルティフリー(非動物実験)や環境配慮を謳っており、消費者の価値観に訴えるマーケティングです。医療現場では、アレルギー患者にヴィーガン処方を勧めることも一つの手段です。例えば動物由来成分に反応する患者なら「このヴィーガン認証製品なら安心かもしれません」と案内できます。一方、「ヴィーガンだから肌にいい」という思い込みには注意を促す必要があります。ヴィーガンかどうかは安全性とイコールではないこと、あくまで倫理ポリシーの違いであることを説明すべきです。幸い最近はヴィーガン表示も増え、コスメ選択の幅が広がっています。最終的には患者さん自身の価値観に沿って、安全かつ満足できる製品を選べるようサポートするのが望ましいでしょう。
- ナノ粒子の利用: ナノテクノロジーは化粧品にも多く応用されています。代表例がナノ化した紫外線散乱剤(二酸化チタン、酸化亜鉛)で、白浮きを防ぐため粒子径を100nm以下にしています。またリポソームやナノカプセルに美容成分を封入し、角質層への浸透性を高めた製品もあります。さらには金や白金のナノ粒子を配合し高級感や抗酸化作用を謳うものもあります。ナノ粒子利用に関する安全性議論の焦点は、「ナノ粒子が皮膚を通過して体内に入り悪影響を及ぼさないか」という点です。現在の科学的知見では、酸化亜鉛・酸化チタンのナノ粒子は角質層を透過せず、生体内に取り込まれないとされていますjstage.jst.go.jp。実際、これらは皮膚常在菌より大きなサイズで、経表皮吸収は起こりにくいです。ただし傷んだ皮膚ではどうか、あるいは吸入した場合どうか、といった疑問が残ります。欧州ではナノ粒子を配合する場合、成分表示に「(nano)」と付記するルールがあり、消費者と当局に情報提供しています。日本ではこうした表示義務はありませんが、大手企業は自主的に安全性試験を行っています。例えば資生堂はナノ粒子酸化亜鉛のラット吸入試験を行い安全域を確認しています。総じて、外用におけるナノ粒子そのものの毒性は今のところ大きな問題は見つかっていません。しかし、ナノ化することで成分の皮膚浸透が高まりすぎるリスクも指摘されています。例えばナノリポソームは有効成分の浸透を飛躍的に上げる可能性があり、逆に言えば従来届かなかった層にまで物質が達することになります。これが良い効果(シワ改善など)を生んでいるのですが、副作用の可能性もゼロではありません。もう一点、環境影響も議論されています。ナノ粒子が排水や海洋環境に出た場合の生態系への影響は未知数であり、いずれ規制が出るかもしれません。医療者としてはナノ粒子配合化粧品について、特に不安を煽る必要はありませんが、「もし心理的に抵抗があるならノンナノ表示製品もありますよ」と患者に選択肢を示すと良いでしょう。事実、一部消費者は「ノンナノの方が安全」と考え、日焼け止め選びの条件にしています。現状エビデンス上はナノでもノンナノでも大差ありません。むしろ粒子径より、コーティングの有無や基剤の刺激性の方が皮膚には影響大きいでしょう。ナノテクは今後も化粧品高機能化に寄与しますので、過度な恐怖も楽観もせず最新知見をフォローすることが大切です。
- エビデンスに基づく化粧品設計: 最近の化粧品開発では、科学的根拠(Evidence)の重視が顕著です。従来はイメージや流行成分で売っていた商品も、近年は有用性試験データを公表するケースが増えました。例えば「この美容液を8週間使った群はシワグレードが20%改善した」といった臨床試験結果を売りにする製品があります。医師監修のドクターズコスメでも、自社で臨床研究を行い論文発表している例があります。こうした動きはコスメシューティカル(Cosmeceutical)とも呼ばれ、医薬品並みに科学データを持った化粧品という位置づけです。安全性についても、エビデンス重視の姿勢が役立っています。すなわち、ある成分を入れる場合に「効果が出る濃度」と「刺激が出ない濃度」のエビデンスを突き合わせ、最適な処方を追求するアプローチです。また臨床試験では有効性だけでなく有害事象も記録されますから、そのデータは安全対策にもなります。例として、ポーラ社のニールワン(NEI-L1)というシワ改善成分は、医薬部外品承認に際して臨床試験を行い効果とともに安全性も確認されました。その結果、シワグレードが統計的に有意に改善しjcss.jp、副作用は軽微な刺激反応のみだったため承認されています。エビデンス重視は業界だけでなく消費者側も賢くなっており、「このクリーム、本当にデータあるの?」と質問する人もいます。医師としても、患者に勧める製品は何らかの科学的根拠を確認したいものです。幸い、日本香粧品学会や国際学会では化粧品の有効性・安全性に関する論文も増えており、情報が集めやすくなりました。根拠に基づいたスキンケア指導はエビデンスベースド・メディシンの一環とも言えます。例えば、ビタミンC誘導体5%配合ローションの治験データを見てニキビ肌に有用と知れば、それを患者に提案でき、効果がなければ他のエビデンスある成分(ナイアシンアミドなど)に切り替える、といった戦略が可能です。
- その他のトレンド: サステナビリティはクリーン・ナチュラル志向と重なりますが、特に環境安全性に注目が集まっています。紫外線吸収剤のオキシベンゾンやオクチノキサートはサンゴ礁への悪影響が懸念され、ハワイ州では配合禁止になりました。マイクロプラスチックビーズは海洋汚染から各国で化粧品への使用が禁止されました。これらは人の安全性ではなく環境の安全を守る動きで、今後環境ホルモンになり得る成分(例えば合成ムスクなど香料の一部)も規制対象になるかもしれませんgreenspahawaii.net。医療者としては、そうした成分を避けたい患者には代替品を紹介するなど、ニーズに応じた助言が必要でしょう。またマイクロバイオーム化粧品もトレンドです。皮膚常在菌叢に配慮し、抗菌剤を減らしたりプロバイオティクス・プレバイオティクス成分を入れたりする製品です。安全性面では、無防腐だと前述のようにリスクがありますが、逆に常在菌を健全化することで肌荒れを減らす可能性もあります。現時点ではエビデンス途上ですが、アトピー性皮膚炎患者にマイクロバイオームコスメを使ったら寛解維持に良かったという報告もあり注目されています。
最後に、これら新トレンドに共通するのは「消費者のリテラシー向上」と「企業の情報開示」が進んでいることです。安全性の議論がオープンになり、メーカー主導ではなくユーザーも交えて行われるようになりました。これは非常に良い傾向ですが、同時に玉石混交の情報が溢れて混乱も生じています。医師・専門家の役割は、最新の科学的知見に基づいて正確な情報を提供し、患者が流行に惑わされず自分に合った安全な化粧品を選べるようサポートすることですjstage.jst.go.jp。幸い、日本は行政・業界・学会が連携して化粧品の安全確保に努めており、世界的に見ても化粧品事故の少ない国ですjstage.jst.go.jp。今後も国内外の動向を注視し、患者の美と健康を守る上で化粧品の安全性に関する知識をアップデートし続けることが、医療従事者に求められるでしょう。
引用文献・出典:
- 丸の内ソレイユ法律事務所『いわゆる“ドクターズコスメ”の広告・販売に関する法律上の注意点』medical-soleil.jpmedical-soleil.jp
- 弁護士法人フォーカスクライド『医師が推薦できる商品とその広告とは?』fcd-lawoffice.com
- 麗ビューティーオンラインショップ『メディカルコスメとは?ドクターズコスメとの違いや皮膚科でしか買えない化粧品をご紹介』rei-shop.com
- あゆ皮フ科クリニック『ドクターズコスメについて』ayu-clinic.comayu-clinic.com
- あゆ皮フ科クリニック『ドクターズコスメについて』ayu-clinic.com
- 日本香粧品学会誌, 松永佳世子「化粧品による皮膚障害のリスク低減と原因究明のためのSSCI-Netと関連研究」jstage.jst.go.jpjstage.jst.go.jpjstage.jst.go.jpjstage.jst.go.jpjstage.jst.go.jp
- All About 野田弘二郎『カネボウ美白化粧品の白斑問題を専門医が解説』allabout.co.jpallabout.co.jp
- Kaoお肌ナビ『「医薬品」「医薬部外品」「化粧品」にはどんな違いがあるの?』kao.com
- 薬事法ドットコム『医薬部外品とは?医薬品、化粧品との違いを解説』yakujihou.comyakujihou.com
- JETRO『韓国における化粧品の規制』jetro.go.jpjetro.go.jp
- Newsweek Japan『やっぱり危ない化粧品 米研究で半分以上に発がん性物質』newsweekjapan.jp
- Health Canada『EU has banned the sale of cosmetics tested on animals since 2013』canada.ca
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