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D32.美容皮膚科学 多汗症・腋窩多汗症 V1.0


D32.美容皮膚科学-多汗症・腋窩多汗症-V1.0

多汗症および腋窩多汗症 – 総論と最新知見

疫学(日本と海外の比較)

多汗症の有病率: 原発性局所多汗症(原因のない局所的な多汗)の有病率は世界的に決して低くありません。近年の調査では、欧米では人口の約3〜5%前後が原発性多汗症に該当すると報告されていますdermatol.or.jpdermatol.or.jp。例えばドイツの大規模調査では原発性局所多汗症の有病率4.6%dermatol.or.jp、スウェーデンでは5.5%dermatol.or.jp、米国オンライン調査では4.8%dermatol.or.jpが該当しました。一方、日本では同様またはそれ以上の割合が報告されています。2013年の国内調査では、原発性局所多汗症の有病率は約12.8%にのぼり、そのうち腋窩多汗症(わき汗)は5.75%で日本人のおよそ20人に1人が該当するとされましたdermatol.or.jpmaruho.co.jp。最新の2020年のウェブ調査でも、日本での原発性局所多汗症の有病率は約10.0%(腋窩5.9%、頭部顔面3.6%、手掌2.9%、足底2.3%)と報告されていますdermatol.or.jp。このように、日本人でも多汗症の訴えは決して珍しくなく、欧米と同程度かそれ以上の頻度で見られます。

年齢分布: 多汗症の好発年齢にも違いがあります。一般に原発性多汗症は青年期に発症することが多く、欧米でも25歳以下で発症するケースが大半です。日本の調査では、発症年齢は手掌で平均13.8歳、腋窩で19.5歳と若年でありdermatol.or.jp、20〜30代の有病率がピークでしたdermatol.or.jp。欧米の報告でも発症は思春期〜若年成人に集中しています。一方で30歳以降に発症する場合は肥満との関連が指摘され、機序が異なる可能性も論じられていますdermatol.or.jp

医療機関受診率: 多汗症は患者数の割に医療機関受診率が低い疾患です。ドイツの調査では多汗症患者のうち受診したのは27%に留まりdermatol.or.jp、日本ではさらに低く2013年調査で6.2%、2020年調査でわずか4.6%と報告されていますdermatol.or.jpdermatol.or.jp。米国では比較的高く51%が受診経験ありと報告されましたがdermatol.or.jp、それでも半数程度です。受診継続率も日本では0.7%と極めて低く、治療が十分に普及していない実態が浮き彫りになっていますdermatol.or.jp。この背景には、「多汗症は病気ではない」との認識や治療選択肢の乏しさがあり、日本では難治性疾患として認識されてこなかったことが指摘されていますdermatol.or.jp。結果として未治療のまま我慢したり、美容クリニックなどで不適切な処置を受けているケースも少なくありませんdermatol.or.jp。しかし近年は多汗症患者のQOL低下や精神的ストレスが明らかになり、患者のニーズが高まってきていますdermatol.or.jpdermatol.or.jp。日本でも2020年以降、新たな外用薬の保険適用が始まり、医療として適切に対処する動きが進んでいますdermatol.or.jp

病態生理(交感神経による制御と汗腺の機能)

汗腺の種類と機能: 汗腺にはエクリン汗腺とアポクリン汗腺の2種類があります。エクリン汗腺は全身の皮膚に分布し、主に体温調節のための発汗を担います。エクリン汗は99%以上が水分で、蒸発による気化熱で体温を下げる働きをします。また皮膚表面の適度な湿度維持や、汗中の抗菌物質による自然免疫機能など、外界の細菌・ウイルスから身体を守る役割もありますdermatol.or.jpアポクリン汗腺は腋窩、乳輪、外耳道、陰部など限られた部位に存在し、思春期以降に活動します。分泌される汗はタンパク質や脂質を含み、エクリン汗腺より粘稠です。アポクリン汗自体は無臭ですが皮膚常在菌により分解されて特有の体臭(いわゆる「ワキガ臭」)を生じます。腋窩多汗症ではエクリン汗腺由来の大量発汗が主な問題ですが、しばしばアポクリン汗腺の活発化(腋臭症)を合併し得ます。治療の際は発汗量だけでなく臭いの要素も考慮する必要があります。

交感神経による発汗制御: エクリン汗腺の活動は自律神経系のうち交感神経によって制御されています。ただし交感神経末端から放出される神経伝達物質は通常の交感神経が用いるノルアドレナリンではなく、アセチルコリンです(コリン作動性線維)。このため、エクリン汗腺の発汗はムスカリン性アセチルコリン受容体の刺激で引き起こされますmaruho.co.jp。発汗の生理的誘因には主に3種類あり、温熱性発汗(体温上昇に対する体温中枢の反応)、精神性発汗(緊張・ストレス・感情による発汗)、味覚性発汗(辛いものなどの摂食刺激による発汗)に分類されますdermatol.or.jp。通常、手掌や足底・腋窩は精神的刺激に反応しやすく、体温調節以外の局面でも汗をかきやすい部位です。一例として、手のひらや足裏の発汗は動物の肉球の発汗と同様で、緊急時に滑り止めとして働くとの説もありますdermatol.or.jp

原発性多汗症の病態: 原発性局所多汗症の正確な原因は未解明ですが、現在の知見では「汗腺自体の数や大きさには差がなく、発汗の神経調節機能が過剰になっている」ことが示唆されていますdermatol.or.jp。多汗症患者の汗腺組織を調べても健常者と比べ汗腺の数や大きさに病理学的差異はありませんdermatol.or.jp。したがって、過剰な発汗はエクリン汗腺の機能亢進(神経刺激の過剰)によると考えられますdermatol.or.jp。実際、多汗症の患者ではしばしば家族歴がみられ、遺伝的素因が指摘されていますdermatol.or.jp。一部の患者では常染色体優性遺伝が示唆される報告もあり、何らかの遺伝子要因が関与する可能性がありますdermatol.or.jp。つまり、原発性多汗症は交感神経の病的な過興奮により生じると考えられます。

続発性多汗症との鑑別: 多汗症には、原発性(特発性)以外に続発性(症候性)のものがありますdermatol.or.jp。全身性に汗が増加する場合、甲状腺機能亢進症、糖尿病、更年期、自律神経障害、肥満、結核などの感染症、悪性腫瘍、薬剤の副作用(例:抗うつ薬や血糖降下薬)といった原因がないか精査する必要がありますdermatol.or.jp。また局所的な続発性多汗症としては、有名なものにFrey(フレイ)症候群がありますdermatol.or.jp。これは耳下腺の手術や外傷後に、生唾を分泌する刺激(食事など)で耳の前~側頭部に発汗と発赤をきたすもので、損傷を受けた副交感神経線維が汗腺支配の交感神経に誤ってつながることで生じますdermatol.or.jp。このような続発性の場合は基礎疾患の治療が優先されます。原発性局所多汗症の診断には、他の原因がないことを確認することが重要です。

診断基準と重症度評価

診断基準: 原発性局所多汗症の国際的な診断基準として、6か月以上持続する原因不明の局所多汗であり、以下の6項目中2項目以上に当てはまる場合に診断とする、という基準がありますdermatol.or.jp(日本皮膚科学会ガイドラインに準拠)urawa-hifuka.com

上記を満たし、「明らかな原因がない局所的な多汗が6か月以上持続している」場合に原発性局所多汗症と診断されますdermatol.or.jp。この診断基準は日本だけでなく海外でも用いられておりhweclinicalguidance.nhs.ukhweclinicalguidance.nhs.uk、焦点を当てるポイントは局所の対称性の過剰発汗で、全身性・夜間の発汗がある場合や40歳以降に急に始まった場合などは二次性を疑います。

重症度の主観的評価(HDSS): 多汗症の重症度は、患者の自覚症状によるスコアリングと客観的な発汗量測定の両面から評価します。臨床で簡便によく使われるのが**Hyperhidrosis Disease Severity Scale (HDSS)**ですdermatol.or.jp。HDSSは患者が多汗の程度を感じ方と日常生活への支障で4段階に自己評価する尺度で、具体的には次の通りですdermatol.or.jp:

  1. 全く気にならない: 発汗は全く気にならず、日常生活に全く支障がないdermatol.or.jp
  2. 我慢できるが時々支障: 発汗は我慢できるが、日常生活に時々支障があるdermatol.or.jp
  3. ほとんど我慢できず頻繁に支障: 発汗はほとんど我慢できず、日常生活に頻繁に支障があるdermatol.or.jp
  4. 我慢できず常に支障: 発汗は我慢できず、日常生活に常に支障があるdermatol.or.jp

通常、**HDSSが3または4を「重症」**とみなし、治療適応の目安としますdermatol.or.jp。HDSSは簡便ながら患者QOLを反映する指標として有用であり、治療効果判定にも用いられますdermatol.or.jp。例えば治療によりHDSSが2段階以上改善した場合を有効と判定する、といった基準が臨床研究で設定されますdermatol.or.jp

QOL評価: 多汗症は生活の質(QOL)を大きく損なう疾患であり、症状の重さだけでなくQOL指標による評価も重要です。皮膚科領域のDLQI (Dermatology Life Quality Index)や、多汗症患者用の改変版Skindex多汗症QOL質問票などが用いられています。日本の調査では、多汗症患者はそうでない人に比べ精神的不安や社会恐怖のスコアが有意に高いことが報告されており、治療により抑うつや不安が改善するケースもありますdermatol.or.jpdermatol.or.jp。従って、重症度評価ではHDSSなど症状スケール+QOL指標の両面から総合的に判断することが推奨されます。

客観的な発汗量の評価: 発汗量を客観的に測定する方法もあります。発汗の定性的評価として古典的なのはMinor試験(ヨードデンプン反応試験)ですdermatol.or.jp。これは発汗部位にヨウ素液を塗布しデンプンを振りかけると、汗で湿った部分が黒紫色に着色する試験です。多汗部位の広がりや分布、左右差などを可視化でき、重症例では例えば手掌全体がべったりと黒く変色し、軽症では点状の斑点に留まりますdermatol.or.jp。一方、定量的評価には発汗量の計測があります。一般的にはガーゼやろ紙を一定時間当てて汗の重量を測る重量法(グラビメトリー)が簡便です。例えば腋窩なら5分間に分泌される汗の重さを測り、片側で50mg以上なら多汗傾向、100mg以上で重度、などの目安が用いられます(研究によって基準値は様々です)。日本のガイドラインでは、特定の装置を用いて発汗量2 mg/cm²/分以上を重症とする基準を提示していますdermatol.or.jp。この測定では室温23〜26℃で安静座位にし、刺激を避けた上でセンサー付きカプセルを発汗部位に装着し数分間の平均発汗量を測定しますdermatol.or.jp。実際の臨床ではそこまで精密に測らない場合も多いですが、治療前後の客観評価として有用です。

その他の検査: 汗の分布を全身的に評価するサーモグラフィや、発汗誘発試験(高温環境下での全身発汗を色素で可視化するサーモレギュラトリーテスト)など特殊検査もありますが、通常は必要ありません。むしろ、発汗部位や程度から鑑別診断(例えば片側性の顔面多汗なら交感神経の局所障害を疑う等)に留意することが重要ですdermatol.or.jp

治療法の分類と比較

原発性多汗症、および腋窩多汗症の治療は保存的療法(外用・内服など)から手術的療法まで多岐にわたり、症状の重症度や部位、患者の希望に応じて段階的に選択しますdermatol.or.jp。ここでは各治療法を分類し、その特徴を日本と海外の状況を比較しながら解説します。

外用療法(抗汗作用のある塗布治療)

1. 塩化アルミニウム製剤(制汗剤): 発汗抑制の基本として塩化アルミニウムhexahydrateを主成分とする外用制汗剤があります。アルミニウム塩は汗管内でタンパク質と反応して汗腺開口部を閉塞させ、汗の分泌を一時的に減少させますaad.org。濃度20%程度の塩化アルミニウム液(例:DrysolⓇ, オドレミン等)が市販または処方され、夜間に患部へ塗布することで効果を発揮しますaad.org軽症〜中等症の腋窩多汗症ではまず試みるべき第一選択であり、海外では最も一般的な初期治療ですcks.nice.org.ukhweclinicalguidance.nhs.uk。日本皮膚科学会のガイドラインでも、原発性腋窩多汗症と診断されたら抗コリン外用薬または10〜20%塩化アルミニウム液の外用をまず行うよう推奨していますurawa-hifuka.com。アルミニウム製剤は比較的安価で手に入りやすい利点がありますが、濃度が高いと皮膚刺激が強く、かぶれや腋の下のただれを起こすことがありますaad.org。その際は塗布間隔を延ばす、低濃度製剤に変更する、就寝前の完全乾燥を徹底するなどで対処しますaad.org。塩化アルミニウムは長年使われてきた安全な制汗成分であり、一部でアルミニウムの健康影響への懸念が挙がりましたが、アルツハイマー病や乳がんとの関連は科学的に示されていませんaad.org

2. 抗コリン作用を持つ外用薬: 近年、エクリン汗腺のムスカリン受容体を遮断する抗コリン薬の外用剤が登場し、画期的な外用療法として注目されていますdermatol.or.jp。日本では以下の2製品が開発され、いずれも原発性腋窩多汗症の適応で承認・保険適用されています。

  • ソフピロニウム臭化物ゲル5%(商品名エクロックⓇゲル): 日本初の多汗症外用薬として2020年11月に発売されましたurawa-hifuka.com。交感神経末端からのアセチルコリン作用を局所で遮断し、塗布部位のエクリン汗腺からの発汗を抑制しますurawa-hifuka.comdermatol.or.jp。使い方は1日1回就寝前に両腋の下に塗布しますurawa-hifuka.com。専用の塗布アプリケーター付きボトルから薬液を出し、乾いた腋窩皮膚に薄く塗り広げますurawa-hifuka.com(手で直接塗らず、付属具を用いることで手指への付着を防ぎます)。12歳以上で使用可能ですが、小児や腋以外(手や足)への有効性安全性は確立していませんurawa-hifuka.com。臨床試験では約半数の患者で発汗量が50%以上減少し、症状スコアも有意に改善していますdermatol.or.jp。具体的には8週間の二重盲検試験で、ソフピロニウム群53.9%に発汗量50%以上減少かつHDSS改善がみられ、プラセボ群36.4%と比較して有意な効果を示しましたdermatol.or.jp。副作用としては塗布部位の皮膚炎(発赤、かゆみ)が数%に起こるほか、薬剤の一部経皮吸収により口渇、目のかすみ(霧視)、排尿障害など全身性抗コリン作用が現れることがありますurawa-hifuka.com。特に閉塞隅角緑内障や前立腺肥大症の患者では症状悪化のおそれがあるため禁忌とされていますurawa-hifuka.com。使用中は薬液が手指や目に付かないよう注意し、塗布後は手洗いを徹底しますurawa-hifuka.com。なお効果発現には数日〜数週間かかるため、最低2週間程度継続使用して効果判定するよう指導します。
  • グリコピロニウムトシル酸塩ワイプ2.5%(商品名ラピフォートⓇワイプ): 米国Dermira社が開発した「QbrexzaⓇ」(glycopyrronium tosylate 2.4%)の処方を基にした製剤で、日本では2022年5月に発売されましたmaruho.co.jpmaruho.co.jp。1回使い切りの不織布シートに薬液が染み込んでおり、1日1回、就寝前などにこのシート1枚で左右の腋窩を拭くように塗布しますmaruho.co.jp。作用機序はソフピロニウム同様にムスカリン受容体遮断ですmaruho.co.jp。使い捨てワイプ型のため衛生的かつ簡便で、旅行先などでも使いやすい利点がありますmaruho.co.jp。有効性は国内第3相試験および長期試験で確認されており、長期投与でも高い効果持続良好な忍容性(副作用の少なさ)が報告されていますjstage.jst.go.jp。主な副作用はソフピロニウムと同様で、皮膚のかぶれ(接触皮膚炎)や抗コリン作用による口渇、目の乾燥・羞明(まぶしさ)、排尿困難などがありますurawa-hifuka.com。特に目周囲を触れた手でこすったりすると瞳孔散大や目のかすみを起こし得るため注意が必要ですurawa-hifuka.com。こちらも緑内障や排尿障害のある患者には禁忌です。薬価は1包262円と設定されておりmaruho.co.jp、保険適用であれば1日あたり自己負担数十円〜百円程度で使用できます。

以上の抗コリン外用薬の登場により、日本の腋窩多汗症治療は大きく前進しました。海外では米国でグリコピロニウムワイプ(Qbrexza)が2018年に承認されており、欧米でも使用されていますが、日本発のソフピロニウムはユニークな存在です。いずれの薬剤も局所での発汗抑制効果が高く、従来の制汗剤では不十分な重症例で有効です。ただし全身の発汗を抑えるわけではないため、腋窩以外の部位(手掌や足底など)の多汗が主訴の場合には別の治療を検討する必要があります。また、抗コリン剤の効果には個人差があり、「汗が全く出なくなる」ほどではなく汗量を半減させることを目標とするのが現実的ですdermatol.or.jp。副作用も考慮しつつ、患者と相談して治療継続の是非を判断します。

ボツリヌス毒素注射療法

概要と作用機序: A型ボツリヌス毒素(onabotulinumtoxinA等)は、神経からのアセチルコリン放出を抑制することで発汗を一時的に止める効果がありますdermatol.or.jp。元々は筋収縮を和らげる治療(顔面痙攣や皺の治療)に用いられていましたが、局所多汗症にも極めて有効であることが判明し、米国FDAでは原発性腋窩多汗症に対するボツリヌス毒素治療が承認されていますaad.org。日本でも2012年11月より「重度の原発性腋窩多汗症」に対するA型ボツリヌス毒素製剤(商品名ボトックスビスタⓇなど)の保険適用が認められましたdermatol.or.jp。これにより、それまで交感神経遮断術など外科的治療に頼っていた重症例にも、低侵襲な注射療法という選択肢が普及しましたdermatol.or.jp

適応と手技: ボツリヌス注射は腋窩、多汗の手掌・足底、頭顔面など局所多汗症のほとんどの部位に応用できます。ただし日本では保険適用は腋窩のみ(それもHDSS3以上の重症例に限る)ですdermatol.or.jp。手掌や足底、頭部顔面への使用も有効性は報告されていますが、現在は自費診療で行われていますdermatol.or.jpdermatol.or.jp腋窩多汗症の場合、片側腋窩に通常50単位(U)前後のA型ボツリヌス毒素を数十か所に皮内注射します。注射部位はI型でんぷんヨウ素試験などで汗が多い範囲を確認し、1〜1.5cm間隔で格子状に浅く(真皮内に)打ちます。処置時間は30分程度で、局所麻酔クリームやアイスパックで疼痛管理しつつ施行します。効果発現は数日〜1週間で現れ、発汗量の劇的な減少が見られます。効果持続期間は平均6ヶ月程度(個人差あり4〜9ヶ月)で、効果が切れれば繰り返し注射が可能です。多くの患者で日常生活に支障ないレベルまで発汗が抑えられ、QOLが著しく向上しますdermatol.or.jp

有効性のエビデンス: ボツリヌス療法の有用性は国内外の大規模試験で実証されていますdermatol.or.jp。例えば国内の多施設試験では、ボトックス注射後に汗の重症度(HDSS)や発汗量が明らかに改善し、患者満足度も高い結果が示されていますdermatol.or.jp。欧米の二重盲検試験でも、プラセボと比較して有意な発汗抑制効果が確認されています。実際、腋窩では発汗量が平均80%以上減少し、90%以上の患者で効果に満足したとの報告もあります(6〜12ヶ月効果持続)aad.org。手掌多汗症に対しても、注射部位の工夫(手掌全体にわたり指側にも注射する)や注射針の改良により疼痛を軽減しつつ効果を得る方法が研究されていますdermatol.or.jp

副作用と対策: ボツリヌス注射は比較的安全な治療ですが、いくつか注意すべき副反応があります。

  • 疼痛と内出血: 注射針を多数刺すため施術時の痛みがあります。特に手足では痛みが強く、神経ブロック麻酔を併用する場合もありますdermatol.or.jp。腋窩は痛覚が鈍いためクリーム麻酔程度でも耐えられることが多いです。注射後に点状の青あざや腫れが出ることがありますが、数日で消失します。痛みは施術直後から軽快し、日常生活に大きな支障はありません。
  • 筋力低下: ボツリヌス毒素が汗腺周辺の筋肉に作用すると、一時的に筋力低下を起こす可能性がありますaad.org。腋窩では大きな筋肉がないため問題となることはほぼありませんが、手掌に打った場合は数日〜数週間、指の細かい動きや握力低下が起こることがあります(多くは軽度で日常に支障ありません)。足底では歩行時の違和感が出ることもありますが、これも一時的です。
  • その他の副作用: 注射部位の皮膚のかゆみや発赤が起こることがありますaad.org。まれに頭痛や倦怠感を訴える人もいますが、一過性で自然に軽快しますaad.org。極めてまれに全身への拡散による副作用(嚥下困難など)が報告されていますが、多くは非医療機関で不適切に施術されたケースであり、適切な医療機関で正規製剤を用いれば安全性は高いですaad.org

効果不十分例への対応: ボツリヌス療法で効果が不十分な場合、投与量や範囲を増やすことが検討されますdermatol.or.jp。例えば腋窩多汗症で50U/側でも汗が残る場合、75〜100Uまで増量すると効果増強が報告されていますdermatol.or.jp。ただし筋力低下など副作用リスクも増えるため、患者と相談しながら調整します。また定期的に繰り返すことで汗腺の萎縮が起こり、徐々に発汗そのものが落ち着いてくる可能性も指摘されています。

費用と保険: 日本では前述の通り重度腋窩多汗症に対して保険適用ですdermatol.or.jp。自己負担3割で施術料は両腋1回あたり1〜2万円程度になります。一方、手掌・足底・頭部は自費で、病院によりますが両手で10万円前後など高額です。ただしそれでも手術よりは安く、ダウンタイムもないため、自費診療でも望む患者はいます。海外では米国で腋窩に対する保険適用例が多く、民間保険で年1–2回のボトックス治療がカバーされるケースがあります。欧州でも国によっては保険で認められることがあります(例:イギリスNHSでは制汗剤等無効の重症腋窩多汗症に限りボトックスを提供する地域あり)。

機器を用いた治療(miraDry等の熱破壊療法)

1. マイクロ波(miraDryⓇ)治療: miraDryは米国で開発された腋窩多汗症治療デバイスで、5.8GHzのマイクロ波エネルギーを皮下に照射し、エクリン汗腺・アポクリン汗腺を熱変性により破壊するものですdermatol.or.jp。2011年にFDA承認を取得し、日本でも「重度原発性腋窩多汗症に対する治療機器」として薬機法上の承認がありますdermatol.or.jp。ただし保険適用外の自費診療であり、1回の施術費用は両腋で30〜40万円程度と高額ですdermatol.or.jp。治療は局所麻酔下に行い、専用ハンドピースで腋窩全域にマイクロ波を照射します。表皮は同時に冷却保護され、熱エネルギーは真皮深層〜皮下組織浅層(汗腺が存在する層)に集中しますdermatol.or.jp。マイクロ波は水分に反応して熱を生じるため、水分の多い汗腺組織が特異的に加熱され凝固壊死しますdermatol.or.jp。一度破壊された汗腺は再生しないため、効果は半永久的と考えられていますdermatol.or.jp

有効性: miraDryは臨床研究で高い有効性が示されています。単回治療でも多くの患者で発汗の大幅な減少が見られ、必要に応じて2回目を追加することで90%以上の発汗抑制も可能です。ある研究では、片側腋窩に1回マイクロ波治療を行い12ヶ月追跡したところ、治療側は対照側に比べHDSSスコアが有意に改善していましたdermatol.or.jp。また別の報告では、治療から90日後に73%、1年後には81%の患者がHDSSが1または2(症状軽度)にまで改善していたとの結果もありますdermatol.or.jp。このように長期効果も持続する優れた治療です。ただし個人差があり、完全に汗が出なくなるわけではない点は患者に説明が必要です。また臭い(腋臭症)にも有効であり、アポクリン腺も破壊されるため施術後に体臭が軽減したとの報告が多いです。

副作用: miraDryの主な副作用は、術後の腫れ・痛み・硬結です。施術直後から腋窩に腫脹が生じ、数日〜1週間程度はむくんだ状態になります。痛みも数日間は感じますが鎮痛薬で対処可能です。時に皮下に硬いしこり(炎症性の結節)が生じることがあり、これは徐々に吸収されますが、強い場合ステロイド局注やNSAIDs内服で炎症を抑えますdermatol.or.jp。また稀ですが皮膚表面に小水疱や熱傷を生じることがあります。適切に冷却しながら行えば深刻な火傷は防げますが、万一水疱ができた場合は創処置を行います。最も注意すべき合併症は神経損傷です。腋窩の皮下浅層には知覚神経や稀に運動神経の枝が走行します。機器ではターゲット層を限定する工夫がありますがdermatol.or.jp、過度のエネルギー照射や誤った深度設定で稀に腕の感覚異常や筋力低下が報告されています。ただしこれは非常にまれで、多くは一時的な知覚鈍麻が一部に出る程度で自然回復します。miraDry後に生じ得るまれな合併症としては、皮下組織の壊死(組織が一部死んで瘢痕化)や炎症後の線維化があり、実際それらによる硬い瘢痕が報告された例もありますdermatol.or.jp。幸い深刻なケースは極めて少なく、適正手技で行えば安全性は高いとされています。

位置付け: 日本皮膚科学会ガイドラインでは、マイクロ波治療は「既存治療で効果不十分な場合に考慮してもよい治療法」とされていますdermatol.or.jp。エビデンスは小規模報告に留まり質も限定的であるため、有効性・安全性に関する確立した結論はまだ十分ではないとされていますdermatol.or.jpdermatol.or.jp。従って第一選択にはならず、まず保険診療でできる保存療法やボツリヌス注射を試し、それでも効果が乏しい重症例で患者が強く希望する場合に、自費診療として行うのが現状の立ち位置ですdermatol.or.jp。費用負担も大きいため、施術前に十分なインフォームドコンセント(効果の程度・リスク・費用)を行う必要がありますdermatol.or.jp

2. その他のエネルギーデバイス: マイクロ波以外にも超音波、レーザー、高周波RF(Radiofrequency)を用いた汗腺破壊治療が研究されていますdermatol.or.jp。例えば高強度焦点式超音波 (HIFU) は皮下組織を高エネルギー超音波で加熱し汗腺を破壊する試みで、小規模ながら3ヶ月で13/14人が50%以上の汗減少を達成したとの報告がありますdermatol.or.jpフラクショナル微細針RF(fractional microneedle RF, FMR)も、極細針から真皮深層に高周波を流し汗腺を凝固させる方法で、エビデンスレベルIIの試験で重度腋窩多汗症に3週間おき3回施行し多汗症状の顕著な改善が示されていますdermatol.or.jpレーザー汗腺吸引術(レーザーポレーション)では、細いレーザーファイバーを皮下に挿入してエクリン・アポクリン汗腺を焼灼する方法があり、一部の形成外科で行われています。これらはいずれも有効な可能性を示すものの、症例数が少なく長期成績も十分でないため、現時点では標準治療と位置づけられていませんdermatol.or.jp。日本のガイドラインでも「良質な報告がなく結論は出せない」とされていますdermatol.or.jp。ただ、選択肢として今後確立されれば外科手術の代替となる可能性があり、研究の進展が期待されます。

手術療法(剪除法・吸引法・掻爬法)とETS

1. 腋窩汗腺除去術: 腋窩多汗症・腋臭症に対する外科手術は大きく分けて、皮膚を切開して直接汗腺を除去する方法(剪除法など)と、皮膚を小切開して皮下から汗腺を掻き取る方法(吸引法・掻爬法)があります。それぞれ効果と侵襲のバランスが異なります。

  • 剪除法(せんじょほう): 腋の下に数cmの切開を入れ、皮膚の裏側から皮下組織ごと汗腺を直接切除する手術ですnihonbashi-ps.jp。古くから行われている「皮弁法」「反転剪除法」とも呼ばれる方法で、医師の目で確認しながらアポクリン汗腺・エクリン汗腺を含む皮下組織を削ぎ取ります。確実性が最も高く、発汗・臭いともに90%以上の抑制効果を期待できますunion.org(適切に行えば「根治」に近い効果)。一方、皮膚切開と縫合を伴うため術後に線状の手術痕が残ります。また皮膚を薄く剥ぐ操作ゆえに、術後に皮膚壊死皮下貯留液(血腫や漿液腫)などの合併症リスクがあります。術後はドレーン留置や圧迫包帯で内出血・腫れを抑え、数週間は安静が必要です。腕の挙上制限も一時的に課されます。術後感染に注意し、抗生剤投与や創部消毒を行います。瘢痕は半年〜1年で次第に目立たなくなりますが、ケロイド体質では肥厚性瘢痕を生じる可能性もあります。剪除法は最も効果が高い反面侵襲も大きいため、重度の腋窩多汗症・腋臭症で他治療が無効の場合の最終手段とされます。日本では健康保険適用で受けられる唯一のワキガ手術でありnihonbashi-ps.jp、自己負担3割で両腋でも5万円程度と比較的安価ですayabe-clinic.jp(美容外科で自費だと数十万円になります)。従って経済的に許容しやすい治療ですが、ダウンタイムが長いため仕事や学業との兼ね合いに注意が必要です。
  • 吸引法・掻爬法: こちらは美容外科領域で発展した低侵襲手術です。腋の下を数ミリ〜1cm程度の小切開からカニューレ(細い管状の器具)を挿入し、皮下組織を脂肪吸引の要領で吸引したり先端の刃で掻き出す(掻爬)方法です。一般に「吸引法」と称する場合も、同時に刃で削ぎ取る操作を併用することが多く、正確には「吸引・掻爬法」と言えます。皮膚表面に大きな傷跡が残らず、術後の回復も早いメリットがあります。局所麻酔で日帰り手術が可能で、数日〜1週間で日常生活に復帰できる例もあります。ただし、医師の手探りで汗腺を除去するため除去漏れのリスクがあり、剪除法に比べると発汗・臭いの抑制効果はやや劣る傾向があります。文献により成功率は様々ですが、平均で汗・臭いが5割〜7割程度軽減するといった報告が多いです。場合によっては再手術が必要になることもあります。合併症としては、内出血による腫れや一時的な皮膚の知覚鈍麻(小皮神経の損傷)がありえます。皮膚へのダメージが小さいため壊死や感染は稀ですが、逆に皮膚表面近くの汗腺は残存しやすく、術後に発汗・臭いの再発が起こる可能性があります。吸引法は日本では自費診療として行われることが多く、保険診療が認められている剪除法に比べ患者負担は高額ですtokyo-h-hihuka.comtokyo-h-hihuka.com。例えばあるクリニックでは両腋で10〜15万円程度の費用が提示されています。しかし傷跡を嫌う若年者などにはニーズがあり、美容外科クリニックを中心に実施されています。

2. 内視鏡下胸部交感神経遮断術(ETS): ETS (Endoscopic Thoracic Sympathectomy)は、腋窩や手掌など上半身の重度多汗症に対して、胸部交感神経幹を外科的に遮断する手術です。鎖骨下あたりの胸壁に5mmほどの小切開を2箇所開け、内視鏡下に交感神経幹(脊椎のそばを走る自律神経の幹)を確認し、目標とする高さの神経節を切断・切除またはクリップで挟んで遮断しますdermatol.or.jp。発汗の神経反射弓を上流で断つことで、該当支配領域の発汗を根本的に止める強力な治療です。対象としては手掌多汗症が代表的で、他の治療が無効な重症例に適応されますdermatol.or.jp。日本でも胸部外科・脳神経外科領域で行われており、重症手掌多汗症に対する交感神経遮断術はガイドラインでも推奨度B(行うよう勧められる)と位置付けられていますdermatol.or.jp。腋窩多汗症に対しては推奨度C1(十分な根拠がないが考慮してもよい)であり、既存治療(外用・注射など)で抵抗性かつ生活に重大な支障をきたす場合に限り検討されますdermatol.or.jpdermatol.or.jp。特に腋窩単独の多汗には、第3胸神経節(T3)または第4胸神経節(T4)の遮断で対応しますdermatol.or.jp

効果: 交感神経遮断術の効果は非常に高く、対象部位の汗はほぼ100%近く止まりますdermatol.or.jp。手掌多汗症では術後即座に手がサラサラになることから、「手汗治療の最終兵器」とも呼ばれます。実際、ある無作為比較研究では手掌多汗症におけるボツリヌス注射の改善率約30%に対し、ETSの改善率は94%と圧倒的な優位性を示しましたdermatol.or.jp。腋窩多汗症でも、T3またはT4レベルの遮断により80〜90%以上の患者で症状がほぼ消失したとの報告が多いですdermatol.or.jpdermatol.or.jp。5年間の長期追跡では、手掌の再発率1%、腋窩でも17%と、効果は長期持続するとされていますdermatol.or.jp

最大の問題点(代償性発汗): ETSには大きな効果がある反面、代償性発汗(CH: compensatory hyperhidrosis)という重大な副作用があります。これは上半身の汗を止めた代償として、身体の他の部位(背中、腹部、大腿など)で発汗が増加する現象です。程度は人により様々ですが、統計的にはほぼ全例で何らかの代償性発汗が発生すると言われますdermatol.or.jp。軽度なら許容されますが、中等度以上になると患者の満足度を著しく低下させますdermatol.or.jpdermatol.or.jp。報告により頻度は異なりますが、中等度以上の強い代償発汗は患者の40%以上に起こるというデータもありますdermatol.or.jp。特にT2(高位)を遮断した場合に重篤な代償発汗が起きやすく、顔面紅潮や上半身の汗を抑えた反動で体幹から下肢が滝汗になる例もありますdermatol.or.jp。代償発汗は不可逆的であり、一度起こると元に戻すことは極めて困難です(クリップで遮断した場合クリップを外す「交感神経復旧術」が試みられることもありますが、効果は不確実です)。

その他のリスク: ETS手術そのものの合併症もゼロではありません。胸腔鏡下に行う際に気胸(肺から空気漏れ)が生じることがあり、発生した場合は胸腔ドレナージが必要です。頻度は低いですが麻酔科管理下での手術となるので注意されます。また過度に高位の交感神経を傷つけるとHorner症候群(眼瞼下垂・縮瞳・顔面発汗低下)を起こすことがあります。通常、腋窩や手掌目的ではT2より下を遮断するためHorner症候群は避けられますdermatol.or.jpdermatol.or.jp。手術時間は左右合わせて1時間程度と短く、入院期間も1〜3日程度です。

代償発汗対策: 代償性発汗を減らすため、現在ではできるだけ下位の神経節を遮断する術式が推奨されます。手掌多汗症でも従来T2,3を切除していたものを、T4のみに変更する試みがあり、発汗抑制効果は同等で代償発汗が軽減したとの報告がありますdermatol.or.jpdermatol.or.jp。腋窩単独ならT3よりT4の方が代償発汗が少なく患者満足度が高かったとのエvidenceもありますdermatol.or.jp。ただし下位にすると効果もやや弱まり得るため、そのバランスを考慮して術者が決定します。また最近ではETS自体を最終手段と位置づけ、他の保存療法・低侵襲治療でどうしても改善しないケースに限定して行うスタンスが主流ですdermatol.or.jp。イギリスなどでは前述のようにETSは原則保険で認めず特殊な例のみ個別審査という地域もあるほどですhweclinicalguidance.nhs.ukhweclinicalguidance.nhs.uk。日本でも指南書上は強く勧められない治療になっており、患者には代償性発汗のリスクを繰り返し説明し納得を得ることが必須ですdermatol.or.jpdermatol.or.jp

費用: ETSは日本では保険診療で受けられます。重症度の判定や他治療経過次第ですが、手掌多汗症ではかなり積極的に適用されてきましたdermatol.or.jp。自己負担額は入院含め数万円程度です。欧米でも医療保険の範囲で行われる場合があり、特に手掌多汗で手の使用に支障が大きい場合などは認められやすいです。ただ、代償発汗による訴訟リスクなどから施術件数は減少傾向にあります。

内服療法(抗コリン薬内服など)

抗コリン薬の全身投与: 発汗を抑える内服薬として、抗コリン作用をもつ薬剤がオフラベルで用いられています。代表的なのはプロパンテリン臭化物(商品名プロ・バンサインⓇ)やオキシブチニン塩酸塩(ポラキスⓇ等)です。これらは本来消化性潰瘍や頻尿の治療薬ですが、副次的な発汗抑制効果を利用します。日本ではプロパンテリンが古くから処方され、多汗症治療ガイドライン2015年版にも「有効な場合がある」として掲載されていましたfunabashi-pain.com。用量はプロパンテリン15mgを1日2〜3回や、オキシブチニン2.5〜5mgを1日2回などが試みられます。欧米ではグリコピロレート(グリコピロニウム臭化物: 商品名Robinul等)が広く使われています。グリコピロレートは消化器手術前の抗分泌薬ですが、経口で服用すると全身の汗を抑える効果が強く、手掌多汗症や全身性の多汗に用いられます。米国では小児の重度多汗症にもグリコピロレートシロップが使われることがあります。

有効性: 抗コリン薬内服は複数部位の多汗や全身性多汗に対して有用です。例えば手掌・足底・腋窩など複数箇所に重度の発汗がある場合、外用や注射をそれぞれ行うのは大変ですが、内服なら一種類で全身に作用します。イギリスのNICEガイダンスでも、一次治療(生活指導・外用)で効果不十分な場合、次に全身性抗コリン薬の試用を推奨していますhweclinicalguidance.nhs.uk。実際、オキシブチニン5mgを1日2回で約70%の患者に有効との報告や、グリコピロレート1〜2mgで症状改善する例が多いとのデータがあります。また緊張が予想される場面の前に頓服で服用し一時的に汗を抑える、といった使い方もされています。

副作用: 抗コリン薬は全身の副交感神経を抑制するため、副作用が出やすい点に注意が必要ですurawa-hifuka.comurawa-hifuka.com。代表的なものは口渇(喉の渇き)で、ほぼ全員に現れます。その他視力調節障害(ピントが合わない、特に近くが見づらい)散瞳(まぶしさ)便秘排尿困難心悸亢進(脈が速くなる)眠気などが起こり得ます。特に高齢者では認知機能低下尿閉緑内障発作など深刻な副作用につながりかねません。そのため禁忌事項として閉塞隅角緑内障重度の前立腺肥大などが挙げられますurawa-hifuka.com。多汗症患者は若年層が多いため比較的耐えられるケースもありますが、それでも口渇の不快感で続けられない場合があります。副作用対策としては、最低用量から開始して徐々に増量する、夜のみ服用して日中の副作用を回避する、必要なときだけ頓用する、といった工夫があります。また水分摂取口腔ケアで口渇を和らげることも大切です。抗コリン薬内服は対症療法であり中止すればまた汗は戻りますが、患者によっては夏季のみ内服して冬季は休薬するなどメリハリをつけて利用しています。

その他の内服薬: 発汗を抑える薬として他にβ遮断薬(プロプラノロール等)やクロニジン(塩酸クロニジン)が使われることもあります。これらは主に精神性発汗(緊張による汗)に対し、心拍数を抑えたりアドレナリン過剰を抑制する目的で用います。ただし本態的な多汗症への効果は限定的です。また精神的要因が強い場合、抗不安薬やカウンセリングが有効な例もあります。例えば人前での発汗恐怖が強い場合、認知行動療法で症状が改善する可能性があります。総じて、内服療法は全身性あるいは他の治療が難しいケースで慎重に選択され、患者の全身状態をみながらオーダーメイドに処方します。

保険適用と自由診療の現状(日本・米国・欧州の制度比較)

多汗症治療は、その国の医療保険制度や美容医療の位置づけにより保険適用の範囲が異なります。ここでは日本、米国、欧州(主にイギリス)の状況を概観します。

日本: 日本では公的医療保険が広く行き渡っており、多汗症治療も一定の条件下で保険適用となります。具体的には:

  • 外用療法: 2020年以降に承認された**ソフピロニウム(エクロックⓇ)や2022年承認のグリコピロニウム(ラピフォートⓇ)**は、原発性腋窩多汗症の適応で保険収載されていますurawa-hifuka.commaruho.co.jp。医師の処方があれば患者は薬局で自己負担3割(12歳以上)で入手できます。従来の塩化アルミニウム液は保険償還対象外(自費購入)ですが、価格自体は安価です。
  • ボツリヌス毒素注射: 2012年以降、重度の腋窩多汗症に対するA型ボツリヌス毒素注射は保険適用となりましたdermatol.or.jp。重度の定義は明確にはHDSS3以上などが想定され、実臨床では患者が強い悩みを抱えていれば適用されています。美容皮膚科や皮膚科専門医で施術可能で、自己負担額は数万円程度です。手掌・足底など腋窩以外への注射は現時点では自由診療扱いです(今後適用拡大の可能性あり)。
  • 手術療法: 腋臭症(ワキガ)に対する剪除法は昔から保険適用で行われてきましたnihonbashi-ps.jp。多汗症のみを適応とする術式の保険算定はありませんが、実際には「腋臭症手術」として多汗症患者にも剪除法を行うケースがあります。そのため、重症腋窩多汗症で汗腺除去手術を受けたい場合は、腋臭症を併発しているかを確認し、保険手術として扱えるか医師と相談します。剪除法の自己負担額は片腋2〜3万円程度と比較的安価ですonishiskinclinic.com。一方、吸引法・掻爬法は標準治療ではなく、基本的に自由診療ですtokyo-h-hihuka.com。公的病院では剪除法しか行わないところも多く、これら低侵襲術を希望する場合は美容外科クリニックで自費で受ける形になります。
  • ETS手術: 交感神経遮断術は多汗症に対しても保険収載されていますanamne.com。適応は「重度の原発性局所多汗症で他の治療抵抗性の場合」に限られ、実際には手掌多汗症に対して行われることが大半です。腋窩多汗症単独でETSを希望する場合も、患者のQOL次第では適用され得ます。費用は入院含めても自己負担5万円前後と安価ですが、代償性発汗のリスクを考慮し慎重に判断されますdermatol.or.jp。最近は代償発汗の問題から施行数は減っていますが、全国の一部呼吸器外科や心臓血管外科で手術可能です。
  • 機器治療: miraDry等のデバイス治療は公的保険適用外ですdermatol.or.jp。よって全額自己負担となります(高額療養費の対象にもならない)。費用が数十万円と高いため、一部の美容クリニックなどでしか導入されていません。医療機関によって価格差が大きいのも特徴です。
  • 内服療法: 抗コリン薬内服(プロパンテリン等)は多汗症を効能として承認されていませんが、医師の裁量で処方される場合、薬剤自体は保険償還されます(適応外処方の扱い)。つまり薬価は保険で賄われ患者は一部負担で済みます。ただし病名上「胃潰瘍」等で処方されることになり、多汗症への直接の保険適用とは言えません。オキシブチニンやプロパンテリンはいずれも安価な薬剤です。

米国: アメリカでは公的保険は高齢者等限定で、多くは民間保険です。多汗症治療のカバレッジは保険プランによって異なります。

  • 外用療法: 塩化アルミニウム製剤(Drysol等)は処方薬ですが安価なため保険なしでも入手されます。近年登場したグリコピロニウムワイプ(Qbrexza)は保険会社によっては処方対象ですが、高価であるため事前認証が必要なことが多いです。保険がなければ1箱数百ドルするため、使用率は限定的です。ソフピロニウムは米国ではまだ未承認(臨床試験中)です。
  • ボトックス注射: 腋窩多汗症に対するBotox治療はFDA承認済みであり、多くの保険会社が重症例に限りカバーします。一般に「処方強度制汗剤や外用薬を試したが無効で、HDSS3〜4の重症である」等の条件を満たすと、年2回程度のボトックス注射が保険適用となります。とはいえ保険の審査は厳しく、事前に発汗量測定データ失敗した治療歴の提出を求められることもあります。保険適用されない場合、自費だと両腋で1回1000ドル以上かかるため、本人負担では敬遠されがちです。手掌・足底へのBotoxは保険適用外(FDA未承認)扱いですが、例外的にカバーされるケースもあり得ます。
  • 手術療法: 腋窩汗腺除去術(excision, curettage等)は米国では美容外科的手術と見なされることが多く、基本自費です。ただし重度の腋臭症(bromhidrosis)として認められる場合、一部の保険が伝統的剪除法をカバーすることがあります。ETS手術については、重症手掌多汗症では効果が高いため、保険によってはカバーされる場合があります。実際、過去に米国でETSを受けた患者は多く存在しました。しかし現在では代償発汗問題への認知から施術件数は減り、保険会社も先にボトックスや薬物治療を要求する傾向があります。保険外だと1万ドル以上の費用になるため、適用されないと実施は難しいでしょう。なお、欧米では腋窩へのETSはあまり行われず、手掌・顔面焦点で語られます。
  • 機器治療: miraDryは米国では2011年にFDA認可されましたが、美容施術扱いです。従って通常の医療保険はカバーせず、全額自己負担(2000〜3000ドル程度)となります。HSA/FSA(医療貯蓄口座)で支払うケースはあります。レーザー治療等も同様です。ゆえに希望者のみが自費で受ける治療となっています。
  • 内服療法: 抗コリン薬(グリコピロレート, オキシブチニン等)はいずれも安価なジェネリック薬ですので、保険がなくとも自己負担は小さいです。医師が多汗症に処方するのは適応外ですが違法ではなく、割と頻繁に行われます。特に小児の汎発性多汗にはグリコピロレートシロップが選択肢になります。副作用管理に留意しつつ、これは保険処方されることが多いです。

欧州(主に英国の例): ヨーロッパ各国はそれぞれ制度が異なりますが、国民皆保険の国が多く、診療ガイドラインに沿った範囲で保険適用されます。例として英国NHSの方針を挙げますhweclinicalguidance.nhs.ukhweclinicalguidance.nhs.uk

  • 外用療法: アルミニウム塩制汗剤は第一選択でOTC入手可能とされ、基本的に処方ではなく自己購入を推奨していますhweclinicalguidance.nhs.uk抗コリン外用(Qbrexza等)は英国では未承認で、一般には利用できません。
  • 内服療法: イギリスではプロパンテリンオキシブチニンを多汗症に用いることがあり、ガイドラインでも外用で効果なければ3ヶ月ほど試すよう推奨していますhweclinicalguidance.nhs.uk。これらは非常に安価なので、GP(一般医)は気軽に処方できます。
  • ボトックス注射: NHSで腋窩多汗症にボトックスを行うには専門医への紹介が必要ですhweclinicalguidance.nhs.uk。通常、一次ケアで生活指導→外用→内服まで試した重症例で、HDSS4が持続する場合に限り、二次医療(専門医)に紹介しBotox治療が検討されますhweclinicalguidance.nhs.uk。NHSの地域によってはボトックス治療自体が「効果一時的で費用対効果低い」として資金提供しない場合もあります。ただ多くの地域では、明らかに重症な場合年に1〜2回のボトックス注射がNHSで提供されます。イギリス皮膚科学会もボトックスの有効性は認めており、適応患者には提供すべきとしています。
  • 外科治療: 交感神経遮断術(ETS)は英国では原則非推奨・非資金提供ですhweclinicalguidance.nhs.uk。これは代償性発汗への懸念および侵襲の大きさからで、「原則として資金提供されない治療」と明記されていますhweclinicalguidance.nhs.uk。例外的に、他の全ての治療が無効で患者が強く希望しリスクを理解している場合にのみ、個別審査で認められる可能性がありますhweclinicalguidance.nhs.uk腋窩汗腺除去術については、NHSでは経皮的キューレット術(retrodermal curettage)や皮膚レーザー汗腺吸引を専門施設で行う場合がありますhweclinicalguidance.nhs.uk。これもボトックス同様、他治療抵抗性の重症例に限定されます。先進的なレーザー治療がNHSで実施されているのは興味深い点です。ドイツやフランスでも基本的には保存療法→ボトックス→手術の順で、ETSは極力避ける傾向にありますが、ドイツでは胸部外科が中心となりかつてETSが比較的多く行われました(現在は減少)。
  • 機器治療: miraDry等は欧州にも導入されていますが、公的保険の適用はなく、自費で受ける美容治療です。イギリスでは民間病院で提供されており、費用は2000ポンド前後です。公的医療ではまず出てきません。

このように、日本は新しい外用薬や手術も含め比較的保険で手厚くカバーしている点が特徴です。一方、欧米では費用対効果や安全性の観点から保険適用が限定的な治療もあり、特にETSは日本より抑制的ですhweclinicalguidance.nhs.uk。患者にとっては経済的負担の有無が治療選択に影響するため、それぞれの国の制度に応じた治療戦略を考える必要があります。

合併症とその管理(治療法別)

多汗症の各種治療には特有の**合併症(副作用)**があり、それぞれ適切に対処することで安全に治療を継続できます。治療法別に主な合併症とその管理法をまとめます。

  • 外用薬(抗コリン外用剤): 塗布部位の皮膚刺激症状(発赤、ヒリヒリ、かゆみ)が最も多い副作用ですurawa-hifuka.com。これは、患部の皮膚炎として保湿剤やステロイド外用で対処します。症状が強い場合は使用頻度を減らしたり、一時中断します。抗コリン作用による全身副作用(口渇、目のかすみ、排尿困難など)は腋窩塗布では比較的少ないですが、敏感な人では起こり得ますurawa-hifuka.com。その場合、塗布量を減らす・隔日程度にするなどで対応します。特に高温多湿環境で全身発汗が抑えられると体温上昇の恐れがあるため、広範囲に塗りすぎないよう注意します。また、塗布後に目をこすらない(散瞳による一時的視力障害を防ぐ)、乳児に触れない(小児は抗コリン剤に敏感)といった指導も重要です。基本的に外用療法は安全性が高く、適切に使えば重篤な副作用はまれです。
  • ボツリヌス毒素注射: 注射治療の副作用は前述の通り疼痛・内出血が主ですaad.org。施術中の痛みはアイシングや局所麻酔で緩和し、終了後は冷却と安静で腫れを抑えます。内出血があっても小さな青あざ程度で数日で消えるため経過観察します。筋力低下は手足に起こりやすい副作用ですが、想定内の現象であり通常2〜3週間で回復しますaad.org。患者には事前に説明し、例えば手掌注射後は重いものを持つ作業を控えるよう助言します。腋窩では筋力低下の心配はほぼありません。ごくまれに体質的に抗体産生が起こり、ボトックスが効きにくくなる(抗ボツリヌス毒素抗体)ことがあります。長期に高頻度で大量投与すると起こりやすいため、必要以上の頻回注射は避け、効果が切れる前の追加接種は4ヶ月以上空けるようにしますhweclinicalguidance.nhs.uk。総じてボトックスは合併症が少ない安全な治療であり、適切に施行すれば日常生活への影響も軽微です。
  • 機器治療(miraDry等): 主な合併症は術後の局所反応です。腫れと痛みは想定内なので、術後48時間はアイスパックで腋を冷やし、腕を高めに保ち安静にします。痛みが強ければNSAIDsなど鎮痛薬を内服します。硬結やしこりが触れる場合、軽いマッサージを指導し、1〜2ヶ月で自然に吸収されることを説明します。大きな結節が残る際は、ステロイド局注や経口抗生剤(感染併発疑い時)を検討します。皮膚熱傷が見られたら、その部分は軟膏処置や創傷被覆でケアし、色素沈着が残ることもありますが経時的に薄くなります。感覚鈍麻がある場合、大半は数週〜数ヶ月で回復するため経過観察します。ただし刺すような神経痛がある場合はビタミンB12製剤や神経鎮痛薬(プレガバリン等)を処方し、様子を見ます。万一深部感染が疑われれば抗菌薬投与のうえ排膿など外科的処置が必要になることもありますが、極めて稀です。なおmiraDryは一度に大量の汗腺を破壊するため、一部で発熱倦怠感が出る患者もいます(組織壊死に対する炎症反応)。これも一過性で、解熱鎮痛剤で対処可能です。
  • 汗腺除去手術(剪除法・吸引法): 手術の合併症として術後出血・血腫があります。剪除法では創下にドレーンを留置し、圧迫包帯で管理することで防ぎます。皮下に血液や滲出液が貯留した場合、適宜抜去または穿刺吸引します。感染は手術の一般的リスクで、予防に術中の無菌操作と術後の抗生剤投与が行われます。縫合創からの感染徴候があれば抜糸して排膿し洗浄、抗生剤の変更をします。創離開が起こった場合は湿潤療法などで創治癒を図ります。剪除法では瘢痕の肥厚も問題になり得ます。ケロイド体質では術前にステロイドテープなど予防策を検討し、術後も経過を追います。肥厚性瘢痕が著明ならステロイド注射や圧迫療法で改善を図ります。皮膚壊死は剪除法特有の合併症で、皮下組織を大きく取った結果皮膚への血流が不足して起こります。壊死が小範囲なら保存的に潰瘍治療を行い、大きい場合は植皮が必要になることもあります。ただ近年は手術技術の向上で壊死はまれです。吸引法では皮下を削りすぎると皮膚の凸凹変形拘縮を招くことがあります。施術者の経験が重要で、適度な範囲に留めます。いずれの方法でも腋窩神経の枝(知覚神経)が傷つけば上腕内側の感覚鈍麻が起こります。多くは数ヶ月で戻りますが、一部で残ることもあり得ます。患者には術前に説明し、特に吸引法の場合は**「効果とリスク(再発や皮膚変化)のバランス」**を理解してもらうことが大切です。
  • ETS(胸部交感神経遮断術): ETSの最大の合併症である代償性発汗(CH)はすでに述べた通りです。術前に患者へそのリスクと不可逆性を十分説明し、CHが生じた場合のケアについても話しておきます。実際に中等度以上のCHが出現したら、まず患者の心理的フォローが重要です。元の部位の汗は止まったものの新たな悩みが増えた場合、必要に応じ精神科サポートも検討します。治療的には、CH部位(例えば背中や大腿)に対して外用抗汗薬やボトックス注射を行うこともあります。残念ながら全身性かつ広範囲の場合は対症療法しかなく、着替え頻度を増やす、制汗下着を着るといった対策になります。ETSの他の合併症、例えば気胸は術後X線で確認し、発生した場合すみやかに胸腔ドレナージして肺を膨張させます。Horner症候群が出現した場合、回復は見込み薄いためこれも事前説明が必須です。軽微な眼瞼下垂のみなら眼瞼手術で修正可能ですが、本来起こさぬようT2以上に触れない手術計画を立てますdermatol.or.jp。ETS後に発汗が再発(神経の再生や迂回)するケースは1〜2割ありますdermatol.or.jp。再手術は難しく、ボトックスや薬物で対処することになります。このようにETSは合併症マネジメントが難しいため、適応選択が極めて重要です。
  • 内服薬: 抗コリン薬内服の副作用管理は前述通りです。口渇が耐え難ければ減薬・中止し、代わりに外用薬や他の治療に切り替えます。便秘が出れば下剤の併用、排尿障害が出れば泌尿器科相談となります。耐えうる程度の副作用かどうかは患者ごとに異なるため、こまめに問診し調整します。長期連用により耐性が生じ効果減弱することもありますが、その場合は薬剤変更や休薬期間を設けるなど工夫します。抗コリン薬は中枢神経作用(眠気、注意力低下)もあるため、車の運転や危険作業は注意喚起し、影響が出るようなら中止します。幸い副作用は薬をやめればすぐ消えるため、問題があれば気軽に中止できる点は利点です。

患者への説明とインフォームドコンセントの要点

多汗症・腋窩多汗症の治療を行うにあたって、**患者への十分な説明と合意形成(インフォームドコンセント)**が極めて重要です。特に美容的要素のある治療や侵襲の大きな治療では、リスクとベネフィットを正しく伝え、患者が理解・納得した上で治療方針を決める必要があります。以下に主なポイントをまとめます。

  • 疾患の性質説明: まず患者に、自身の症状が**「原発性多汗症」という疾患であり、決して珍しくない**ことを伝えます(日本人でも10人に1人程度が該当dermatol.or.jp)。「恥ずかしいことではなく、身体の反応の問題であり治療可能」である旨を強調します。多汗症によるQOL低下や精神的負担は医学的に認識されているため、遠慮なく相談してよいことも伝えます。
  • 二次性の可能性除外: 問診や検査で他の病気が隠れていないか確認し、その結果を説明します。例えば「甲状腺機能や血糖など検査し、問題ありませんでしたので、この汗は**特発性(原因がないタイプ)**と考えます」といった具合です。これは患者の不安軽減にもつながります。
  • 治療選択肢の提示: 現在利用できる全ての治療オプションをわかりやすく説明します。外用薬、内服薬、注射、手術、機器治療など、それぞれの効果の程度、持続期間、利点・欠点を整理して伝えます。例えば:
    • 「塗り薬は毎日塗る手間がありますが、簡便で副作用も少ないです。」
    • 「ボトックス注射は半年ほど効果が続きますが、永久ではないのでまた汗が出てきたら追加が必要です。」
    • 「手術は一度で大きな効果が見込めますが、傷跡が残るリスクがあります。」
    • 「機械の治療は今後汗はほとんど出なくなりますが、保険が効かず高額です。」
      このように患者がメリット・デメリットを比較できるよう説明します。
  • 治療の優先順位: ガイドラインに基づき、通常はまず保存的治療から段階的に試す方針を伝えますhweclinicalguidance.nhs.uk。例えば腋窩多汗症なら「まずは抗汗の塗り薬から始めましょう。効果が不十分なら次にボトックス注射、それでもだめなら手術も選択肢になります」という流れですurawa-hifuka.comhweclinicalguidance.nhs.uk。ただし患者の希望によっては初めからより積極的治療を検討することもあります(結婚式を控えているので早く確実に止めたい等)。患者の意向を尊重しつつ医学的に妥当な範囲で順序を決めます。
  • 現実的な期待値: 各治療によって「どの程度汗が減るか」「どのくらい効果が持つか」の現実的な見通しを伝えます。例えば抗コリン外用なら「汗が半分以下になる人が多いですが、完全に止まるわけではありません」、ボトックスなら「ほぼ汗は止まりますが半年くらいするとまた出てきます」、手術なら「大幅に減りますがゼロにはならないかもしれません」といった具合です。これにより過度な期待や失望を避けます。
  • 副作用・合併症の説明: あらゆる治療について起こり得る副作用とその頻度、対処法を説明します。軽微なものも含め網羅的に伝えることで患者の不安を減らせます。特に代償性発汗(ETSの場合)は何度も強調し、体験談なども交えて深く理解してもらいますdermatol.or.jp。また可逆的な副作用(ボトックスの筋力低下など)は一時的であることを伝えます。重大な合併症はまれであっても必ず触れ、質問を促します。例えばmiraDryでは「1%未満ですが神経障害が報告されています」等、数値も示すと説得力がありますdermatol.or.jp
  • 治療前後の生活上の注意: 各治療毎に注意事項を説明します。外用薬では「目に入れない」「塗った後は手を洗う」等、ボトックスでは「当日は入浴控えめに」「強いマッサージは避ける」、手術では「術後○日は安静」「抜糸まで腕を激しく動かさない」、ETSでは「術後に汗かきが他に移るかも」など具体的な指示を出します。仕事や学校への復帰時期の目安も伝えると患者が計画を立てやすくなります。
  • 費用負担と制度: 治療毎の費用を概算で伝え、保険の適用可否も説明します。例えば「この注射は保険が効きますので○割負担です」、「こちらの機械治療は残念ながら保険外で、費用が○万円くらいかかります」といった情報です。経済的理由で治療継続できなくなるのを防ぐため、患者の負担感を確認します。場合により高額療養費制度医療ローンなども紹介します。
  • 治療効果の判定と次のステップ: 「○週間使ってみて効果判定しましょう」「次回外来で汗の量をもう一度測りましょう」など、今後の方針を共有します。改善が不十分なら次の選択肢に移ることも含め、「段階的にアプローチする」プロセスを理解してもらいますhweclinicalguidance.nhs.uk
  • 患者の疑問への回答: 多汗症患者は「手術で汗を止めたら体温調節に支障はないのか?」等の疑問を抱くことがあります。これには「全身の汗腺のうちごく一部を治療するだけなので体温調節は他の部分で可能です」といった丁寧な説明をします。また「治療しない場合どうなるのか?」という疑問には、「命に関わる病気ではありませんが、このままだと今後も汗に悩まされるでしょう。治療すれば改善が期待できます」と、治療の意義を再確認します。
  • 心理的サポート: 多汗症は本人にとってデリケートな悩みなので、共感的な態度で接することが大切です。患者説明の際には「本当にお困りでしょう」「生活で具体的にどんな支障がありますか」など傾聴し、患者の気持ちを受け止めます。治療への不安も「心配なお気持ちは当然です」と認めつつ、安全性データなどを示して安心材料を提供します。必要に応じ精神科やカウンセリングも案内します。
  • インフォームドコンセント書面: 手術やデバイス治療など侵襲的な処置では、同意書を用意し、リスクや代替治療、合併症について文章で説明します。患者が自署する前に一つ一つ内容を口頭で確認し、疑問がないか確かめます。ボトックス等でもフォーマットがある場合は同意をもらいます。こうしたプロセスは患者の理解度を深めるとともに、医療者側の説明責任を果たす意味があります。

以上のように、患者説明では病態・治療・費用・副作用すべてにおいて透明性を持って情報提供することが肝要です。多汗症治療は選択肢が多く患者も混乱しやすいので、パンフレットやイラストを使った説明、Q&A形式の資料提供など工夫して理解を助けます。患者が治療方針に納得し前向きに治療を受けられるよう、しっかりコミュニケーションを取ることが大切です。

臨床ガイドライン(日本と海外の推奨の違い)

多汗症の治療指針は各国の皮膚科学会等からガイドラインが示されています。日本皮膚科学会のガイドライン欧米のガイドラインには基本的な流れで共通点が多い一方、利用可能な治療や保険制度の違いから一部に相違点もあります。

日本皮膚科学会ガイドライン: 2023年改訂版では、原発性局所多汗症に対する標準的治療のアルゴリズムが提示されていますdermatol.or.jp。腋窩多汗症ではまず抗コリン外用剤または塩化アルミニウム外用を行い、効果不十分ならボツリヌス毒素局所注射を考慮、それでも無効な重症例では交感神経遮断術(ETS)も選択肢としていますurawa-hifuka.comdermatol.or.jp。また汗の部位別に推奨治療が整理されており、例えば手掌・足底多汗症では水道水イオントフォレーシスを第一選択、次にボツリヌス注射、それでもだめならETSを検討するという順ですhweclinicalguidance.nhs.ukhweclinicalguidance.nhs.uk。頭部顔面はまず外用薬・内服薬を試し、抵抗例でボツリヌス注射、それでも難治ならETS(ただしT2を含む高位遮断になるので代償性発汗に十分注意)としていますdermatol.or.jpdermatol.or.jp

日本ガイドラインの特徴は、新規外用薬の登場を受けてその有用性が反映されている点です。2020年にソフピロニウムゲルが承認されたことで、腋窩多汗症の第一選択になり得る治療として強く推奨されていますurawa-hifuka.com。一方、欧米ではソフピロニウムは未承認であるためガイドラインには登場しません。米国でもグリコピロニウムワイプ(Qbrexza)が2018年に登場しましたが、米皮膚科学会などの公式ガイドラインは2000年代のものが多く、最新治療の反映はこれからです。ただ、臨床の場ではQbrexzaやオキシブチニン内服なども用いられており、実地医家向けのレビュー等では言及されています。

海外のガイドライン: 欧米には米国のAAD(米国皮膚科学会)によるコンセンサス(2004年Hornbergerらdermatol.or.jpや2020年Schlerethらの総説等)、カナダ皮膚科学会のガイドライン、ドイツのS2ガイドライン(2019年改訂)、イギリスの臨床知識サマリー(CKS)などがあります。総じて、「まずは保守的療法(外用剤や生活指導)を行い、次に侵襲度の低い治療(薬物内服やイオントフォレーシス、ボトックス等)を検討、それでも難治なら外科的療法(汗腺手術やETS)を考慮」という段階的アプローチで一致していますhweclinicalguidance.nhs.ukhweclinicalguidance.nhs.uk。例えば英国Hertfordshireの政策では、一次ケアで生活習慣改善・アルミニウム外用→イオントフォレーシス→抗コリン内服を6ヶ月試し、それでもHDSS4が続く重症例のみ専門医に紹介してボトックスや汗腺掻爬術を行う、ETSは原則行わないとされていますhweclinicalguidance.nhs.ukhweclinicalguidance.nhs.uk。このように海外では内服薬(オキシブチニン等)の位置づけが日本より前段階にあります。日本でも内服は試みても良い治療とされていますが、実際は外用やボトックスである程度対応可能なため、必ずしも多用されてこなかった経緯があります(保険適用もないため)。

ETSに対する姿勢: 欧米ガイドラインの大きな違いは、ETS手術への慎重姿勢が日本以上に強いことです。特に英国では先述のようにNHSで通常は認めない方針ですhweclinicalguidance.nhs.uk。ドイツガイドラインでもETSは「最後の手段」であり、代償性発汗について患者に徹底説明するよう求めています。日本ガイドラインでもETSは推奨度C1(十分な根拠がないが考慮可)で、原則他の保存療法が無効な重症例に限定されていますdermatol.or.jpdermatol.or.jp。つまり方向性は同じですが、実臨床では日本の方が手掌多汗症などでETSが実施される頻度がやや高いかもしれません(日本人は代償性発汗が比較的少ないとの俗説もありましたが、実際は欧米人と大差なく起こります)。現在は国際的にもETSの適応は縮小傾向にあり、**「安易に交感神経を切らない」**というコンセンサスで概ね一致していますdermatol.or.jphweclinicalguidance.nhs.uk

微妙な治療の差異: 日本では新たな抗コリン外用薬があり、また腋窩多汗症の保険適用範囲が広がったため、ガイドラインもアップデートされましたdermatol.or.jp。例えば2015年版ガイドラインでは腋窩への切除術も治療選択に入っていましたが、2023年版では外科的治療の記載は主にETSとなり、腋窩局所の手術には触れられる程度です(これは剪除法が確立された治療で改めて推奨度を評価する対象から外れたためと思われます)。一方欧米では腋窩に対する外科的治療は美容外科的扱いだったこともあり、ガイドライン上はボトックスが事実上の最終療法になっている場合もあります。例えば米国の皮膚科領域では、腋窩多汗症=ボトックスで対応し、手術はほとんど議論されてきませんでした。ただ、ドイツなどでは形成外科的に吸引法や皮下掻爬術が一定数行われており、2019年の国際ガイドラインでは「腋窩において外科的掻爬術は長期有効で、ボトックスより持続する可能性がある」との記述もありました。この辺り、各国の専門領域(皮膚科 vs 外科)の違いが反映されています。

治療アルゴリズムの共通点: 日本と海外とも、多汗症の診断基準HDSSによる重症度評価はほぼ共通ですhweclinicalguidance.nhs.ukhweclinicalguidance.nhs.uk。治療アルゴリズムも大枠では一致しており、保険や承認状況の違いを除けば大きな食い違いはありません。要するに:

  1. まず原因検索(secondaryを除外)
  2. 保存的療法から開始(外用アルミニウム、生活指導)
  3. 局所薬剤療法(抗コリン外用、イオントフォレーシスなど)
  4. 侵襲的治療(ボトックス注射)
  5. 外科的治療(腋窩なら掻爬術やmiraDry、手掌ならETS)

といった順序ですhweclinicalguidance.nhs.ukhweclinicalguidance.nhs.uk。日本では2と3の間に「保険適用の抗コリン外用薬をまず使う」という選択がある点が最新アップデートですurawa-hifuka.com。英国では2の前に「生活習慣アドバイス(刺激を避ける、衣類工夫等)」を強調していますhweclinicalguidance.nhs.ukhweclinicalguidance.nhs.uk

保険制度との関連: ガイドラインの推奨には各国の保険事情も影響します。日本では保険でボトックスや外用が使えるためそれらが前面に出ますが、英国ではボトックスは高コストなので内服を先に試す流れになっていますhweclinicalguidance.nhs.uk。米国では患者負担でもボトックス希望が多いので、ガイドラインでも推奨度高い治療として扱われています。したがって、「どの時点で何を使うか」は各国で多少の差が生じますが、患者本位で考えれば最適解は大きく変わらないといえます。

今後の動向: 多汗症治療の分野は、国際的に情報共有が進んでいます。日本発のソフピロニウムは海外でも開発が続いており、米国FDAでも承認審査中と伝えられています。承認されれば海外ガイドラインにも加わるでしょう。また**新規治療(例えば経皮的ミラベグロンなどβ3刺激による発汗抑制の研究等)も進んでおり、エビデンスの蓄積に伴ってガイドラインも更新されていくはずです。現時点では、日本と欧米のガイドラインは「重症度に応じた段階的治療」「患者QOLを重視し必要なら積極的治療」**という点で足並みが揃っていますdermatol.or.jphweclinicalguidance.nhs.uk

最後に、多汗症は世界的に見ても患者数が多い割に未治療率が高い疾患ですdermatol.or.jp。各国ガイドラインも、まずこの疾患の存在を医療者が認識し、患者を適切に診断して治療に繋げることを強調していますdermatol.or.jp。日本においても近年ガイドライン改訂や新薬登場で機運が高まっており、国内外の知見を踏まえて最善の治療を提供していくことが求められています。

dermatol.or.jpdermatol.or.jpmaruho.co.jpdermatol.or.jpdermatol.or.jpdermatol.or.jpurawa-hifuka.comdermatol.or.jpdermatol.or.jphweclinicalguidance.nhs.uk

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