1. 皮膚の層構造 (表皮・真皮・皮下組織)
図1: 皮膚の基本的な層構造。表皮(Epidermis)、真皮(Dermis)、皮下組織(Subcutis)からなる。表皮は角層からなる外層で、真皮と基底膜で境界している。真皮の下に皮下脂肪組織が存在する。毛包や汗腺などの付属器も描かれている。
表皮 (Epidermis): 皮膚の最も外側の薄い層で、主に角化細胞(ケラチノサイト)から構成されますkango-roo.com。表皮は基底層から有棘層、顆粒層を経て最表面の角質層へと分化する層構造をもち、基底層の細胞が絶えず分裂・角化して上方へ押し上げられ、約4週間で角質となって垢として剥がれ落ちますkango-roo.com。これにより常に表皮は新しく生まれ変わり一定の厚さを保っています。基底層にはメラニン色素を産生するメラノサイトが存在し、樹状の突起を介して角化細胞にメラニンを供給しますkango-roo.com。メラニンは紫外線を吸収してDNAを保護し、皮膚の色を決定する重要な要素です。また、表皮にはランゲルハンス細胞(樹状細胞の一種)も約数%存在し、外来抗原の認識・免疫応答に関与していますkango-roo.com。表皮の最外層である角質層は死んだ角化細胞がケラチンタンパクと脂質で満たされた層で、皮膚バリア機能を担いますkango-roo.com。このバリアにより体内の水分蒸散防止や異物・細菌の侵入防御が行われています。
真皮 (Dermis): 表皮の下にある厚い支持層で、コラーゲン線維やエラスチン(弾性線維)から構成され、皮膚に強度と弾力を与えますkango-roo.comkango-roo.com。これらの線維は線維芽細胞によって産生され、ヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸などの基質(グラウンドサブスタンス)中に埋め込まれていますkango-roo.com。ヒアルロン酸は保湿性が高く、水分を保持して線維間の潤滑を助けていますkango-roo.com。真皮には血管が豊富に走行し、体温調節や栄養供給を行うほか、自由神経終末やマイスナー小体、パチニ小体など種々の知覚神経終末が存在し、痛覚・触圧覚・温度覚などを感じ取りますkango-roo.com。加齢とともに真皮の線維は減少・変性し、構造が不均一になるため皮膚の張りと弾力が低下しますkango-roo.com。例えばコラーゲン線維が細く脆くなり、エラスチンの配列も乱れることで、伸展した皮膚が元に戻りにくくなりシワ・たるみの原因となりますkango-roo.com。真皮には毛細血管やリンパ管も分布し、創傷治癒や炎症反応の場ともなります。
皮下組織 (Subcutis): 真皮の下層に位置する皮下脂肪層で、脂肪細胞の集積からなりますkango-roo.com。皮下組織の厚みは身体部位や個人差がありますが、一般に顔面では眼瞼や額で薄く、頬や顎下では比較的厚みがあります。脂肪層は**体温保持や外力の緩衝材(ショックアブソーバー)**として働き、また顔貌のボリュームを決定する要素です。皮下組織には顔面神経の終枝や血管が走行し、顔面の可動性のある軟部組織を支えています。この層はさらに細かい区画(脂肪コンパートメント)に分かれ、詳細は後述する顔面脂肪パッドの項で説明します。
2. 皮膚の再生機序 (ターンオーバー・創傷治癒・成長因子・加齢変化)
表皮のターンオーバー: 正常な表皮では基底層のケラチノサイトが分裂して新生し、徐々に上方へ押し上げられて角化細胞へと分化し、最終的に角質細胞となって剥離しますkango-roo.com。この表皮細胞の新陳代謝サイクル(ターンオーバー)は通常約28日間(基底層→顆粒層に約14日、角層としてとどまるのに14日程度)ですkango-roo.com。ターンオーバーによって皮膚表面の古い角質が定期的に置き換わり、常に皮膚のバリア機能が維持されています。年齢や部位、疾患によりこの周期は変動し、高齢になると新陳代謝が遅延して角質肥厚やくすみの原因となります。また基底層には表皮幹細胞が存在し、損傷時にはこれら幹細胞からの増殖・分化により表皮が再生します。若年者では表皮の再生能力が高く傷も治りやすいですが、加齢により表皮幹細胞の機能低下や細胞分裂能の低下がみられ、創傷治癒が遅延する傾向があります。
創傷治癒と成長因子・サイトカイン: 皮膚に損傷が生じると、止血→炎症→増殖→成熟という段階的な創傷治癒過程が進行しますncbi.nlm.nih.gov。初期には血小板から放出される血小板由来成長因子 (PDGF)やトロンボキサンにより血管収縮と血栓形成が起こり止血します。その後、好中球やマクロファージなど炎症細胞が遊走し、これらが産生するサイトカインやトランスフォーミング増殖因子 (TGF-β)によって線維芽細胞や内皮細胞が活性化されますncbi.nlm.nih.gov。線維芽細胞は増殖してコラーゲンや基質を産生し肉芽組織を形成、内皮細胞は新生血管を作り出しますncbi.nlm.nih.gov。また上皮成長因子 (EGF)やケラチノサイト増殖因子 (KGF) 等が働いて創縁からの表皮細胞の遊走・増殖(再上皮化)を促進し、創面が徐々に表皮で覆われますwoundsource.comwoundsource.com。このように創傷治癒には多種多様な成長因子やサイトカインが関与し、低濃度でも細胞の遊走・増殖・分化を著明に促進しますwoundsource.com。傷が治る最終段階(成熟期)では過剰なコラーゲンがリモデリングされ、瘢痕組織が成熟していきます。高齢者では炎症期が遷延しやすく、線維芽細胞の応答性も低下してコラーゲン沈着が不十分となるため、若年者に比べ治癒が遅く瘢痕化しやすいと報告されています(炎症が長引くと組織ダメージや瘢痕が増える)pmc.ncbi.nlm.nih.govwoundsource.com。また糖尿病や動脈硬化など全身状態も創傷治癒に影響を与え、慢性創傷ではしばしば成長因子の発現低下やサイトカイン環境の破綻がみられますwoundsource.com。
皮膚の創傷治癒過程を分子レベルで支える代表的な成長因子には、PDGF(細胞増殖とマクロファージ・線維芽細胞遊走を促進)、VEGF(血管新生を促進)、FGF-2/bFGF(線維芽細胞増殖・肉芽形成を促進)、EGF(上皮細胞増殖・創面上皮化を促進)などがありますwoundsource.comwoundsource.com。例えばEGFは表皮細胞の増殖を高め新生細胞による創面の被覆を早め、FGFは真皮での血管やコラーゲン生成を助けます。さらに炎症期にはIL-1やTNF-αなど炎症性サイトカインが初期防御反応を引き起こし、増殖期にはTGF-βが線維芽細胞のコラーゲン産生を促進するなど、各段階で異なるサイトカインネットワークが働きますncbi.nlm.nih.gov。創傷治癒研究の進歩により、これら因子を外因的に補充・制御する再生治療(例えばbFGF製剤の局所投与や培養表皮移植など)も実用化されていますwoundsource.comwoundsource.com。
加齢による皮膚再生能の低下と再生医療の役割: 皮膚の老化現象として、表皮のターンオーバーが遅延し角質肥厚・乾燥が進むこと、メラノサイト機能低下による色素ムラ、そして真皮では線維芽細胞数の減少とコラーゲン産生低下によるシワ・たるみが顕著になりますcellgrandclinic.com。真皮の線維芽細胞は20代をピークに加齢とともに減少し、50代では20代の約1/3まで数が減少すると報告されていますcellgrandclinic.com。さらに長年の紫外線曝露(光老化)や活性酸素ストレスにより線維芽細胞が機能不全に陥ると、コラーゲン・エラスチンなどの産生力が低下し、皮膚のハリが失われ構造が脆弱化しますcellgrandclinic.com。その結果、表皮-真皮接合部の平坦化や真皮の菲薄化が起こり、小ジワやたるみ、クマなど外見に顕著な老化徴候として現れますcellgrandclinic.com。近年、このような皮膚の老化に対し再生医療の観点からアプローチする試みが進んでいます。例えば自己血由来PRP療法では、患者自身の血小板に含まれるPDGFやTGF-βなど成長因子を濃縮注入し、線維芽細胞を刺激してコラーゲン産生や血行を促進することで肌の若返りを図りますmens.wclinic-osaka.jp。また自家培養線維芽細胞移植では、本人の皮膚片から線維芽細胞を培養増殖させ、これをシワやくぼみ部位に注射することでコラーゲン産生を高める治療法が実用化されていますcellgrandclinic.com。この方法は自己細胞を利用するため拒絶反応が少なく、加齢で減少した線維芽細胞を補充して真皮の構造再生を図るものですcellgrandclinic.com。他にも各種幹細胞由来のサイトカインカクテルや成長因子を配合した製剤の皮内投与、レーザーや高周波治療による創傷治癒反応の誘導など、皮膚の再生能力を高める美容医療が発達してきています。加齢皮膚では細胞老化(セネッセンス)による分裂能低下が問題となりますが、これら再生治療により幹細胞や線維芽細胞の活性を一時的に高め、若年時のような弾力や皮膚厚の改善が期待できますcellgrandclinic.comcellgrandclinic.com。ただし過度の線維化や腫瘍化のリスクも考慮しながら、安全かつ適切な再生医療技術の応用が求められます。
3. 顔面の主要構造
顔面の脂肪パッド(表在性・深部脂肪区画)
顔面の皮下脂肪組織は、解剖学的にいくつかの脂肪コンパートメント(脂肪パッド)に区画されています。大きく分けて表在脂肪(皮下浅層の脂肪)と深部脂肪(筋膜深くの脂肪)に分類され、その境界となるのが表在性筋膜腱膜系(SMAS)や表情筋群ですpmc.ncbi.nlm.nih.gov。表在脂肪は皮膚直下にあり、皮下組織中で線維性隔壁によっていくつかの区画に隔てられています。一方、深部脂肪はSMASや筋層の深部に存在し、骨膜や深筋膜との間に位置する脂肪区画ですpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
代表的な表在性脂肪パッド: 中顔面では鼻唇溝脂肪 (Nasolabial fat, NLF)、浅側頬脂肪(スーパーフィシャルメディアルチークファット, SMC)、**眼窩下脂肪 (Infraorbital fat, IOF)などがあり、これらは連続して「メーラーファットパッド(malar fat pad)」とも総称されますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。メーラーファットは目の下から頬にかけての浅い脂肪で、若年時の頬の丸みやハリを形成します。また頬骨弓より上方のこめかみ領域には側頭部の浅い脂肪、口角の横には頬笑窩脂肪など、小区域に分かれた表在脂肪があります。表在脂肪は皮膚と強い結合を持ち、顔の輪郭や表情の変化に直接影響する部分です。加齢に伴って表在脂肪は支持組織のゆるみとともに下垂(たるみ)**しやすく、法令線の深刻化や頬の膨らみの下方移動に関与しますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。例えば、頬の浅い脂肪(NLFやSMC)は若い頃は高い位置にあり滑らかな頬曲線を描きますが、歳をとると靭帯の弛緩や深部支持構造の変化で下方へずれて法令線やマリオネットラインを強調します。
代表的な深部脂肪パッド: 中顔面の深部には深頬脂肪が存在し、特に内側深頬脂肪 (Deep medial cheek fat, DMC)と外側深頬脂肪 (Deep lateral cheek fat, DLC)に分かれますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。DMCは上顎骨の前面(眼窩下孔の直下あたり)に位置し、鼻唇溝脂肪(NLF)の深部にあります。DLCは浅側頬脂肪(SMC)の深層に位置し、耳下腺直上のバッカル脂肪(頬脂肪体)の遠位部とも近接しますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。さらに眼輪筋下脂肪 (Sub-orbicularis oculi fat, SOOF)も深部脂肪に分類され、下眼瞼から上顎前方部にかけて存在する脂肪です。深部脂肪は骨格と靭帯によって支えられ、顔面の構造的ボリューム(土台)を形成しています。加齢により深部脂肪は選択的に萎縮・減少しやすく、そのボリュームロスが表在脂肪を下支えする土台を失わせるため、表在脂肪の下垂や皮膚のたるみを助長すると考えられますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。実際、高齢者では深頬脂肪が萎縮して頬中央部の凹み(いわゆるゴルゴ線やミッドチーク溝)が現れたり、眼窩下の深脂肪減少により涙袋下~頬上部に境界(ティアトラフ変形)が生じますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。この深部脂肪の萎縮に伴う表在脂肪の下垂が中顔面老化の主要因であるとの報告もありpmc.ncbi.nlm.nih.gov、現在の美容外科的リフトアップ術や脂肪/フィラー注入では浅い層を引き上げるだけでなく萎縮した深部脂肪容積を補う「リフト&フィル」戦略が重要とされていますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。例を挙げると、加齢で窪んだ深部頬脂肪(DMC)の領域にヒアルロン酸フィラーや自己脂肪を注入してボリュームを増すと、上にある浅い脂肪(NLFやSMC)が持ち上がり法令線や頬のたるみが改善することが知られていますpmc.ncbi.nlm.nih.govpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
表情筋群とSMAS
図2: 眼周囲の表情筋(眼輪筋と皺眉筋)。眼輪筋は眼の周囲を取り巻くドーナツ状の筋で、眼を閉じる作用を持つ。皺眉筋は眉間にあり、眉を内下方に引いて眉間に縦皺を寄せる。
顔面には皮下に多数の表情筋 (Facial expression muscles)が存在し、表情の変化や発声・摂食時の細かな顔面運動を担っています。代表的な表情筋には、眼輪筋(眼の周囲を取り囲み眼裂を閉じる筋)、口輪筋(口唇を取り囲み口をすぼめ閉じる筋)、頬筋(頬の内部にあり口角を外側後方に引き、頬を歯列に押し付ける筋)などがありますteachmeanatomy.infoteachmeanatomy.info。これら表情筋は皮膚に付着し、収縮により皮膚そのものを動かすことで多様な表情や機能を生み出すのが特徴です(例えば眼輪筋が収縮すれば強く瞬きをし、口輪筋が収縮すれば口をすぼめたり笛を吹いたりできますteachmeanatomy.info)。主要な表情筋として他に前頭筋(額に横皺を作り眉を挙上する)、皺眉筋(眉間に縦皺を寄せる)、頚筋(広頚筋)(首の薄い筋で口角を引き下げる)などがあり、顔面神経(第VII脳神経)の支配を受けていますteachmeanatomy.infoteachmeanatomy.info。表情筋は安静時には張力を保って皮膚を支えていますが、加齢による筋力低下や長年の表情習慣により皺の形成や輪郭の変化をもたらします。美容施術ではボツリヌストキシン注射によってこれら表情筋の特定部位を一時的に弛緩させ、表情皺(グローベルラインやカラスの足跡ジワ等)の軽減を図ることも行われます。
SMAS (Superficial Musculoaponeurotic System) – 表情筋と皮膚を連結する線維性支持組織:
顔面の解剖を考える上で重要なのが表在性筋膜脂肪層(SMAS)と呼ばれる構造です。SMASは1970年代にMitzらによって提唱された概念で、顔面の表情筋群と連続し、皮下浅層を走る筋膜様の線維性ネットワークを指しますncbi.nlm.nih.gov。具体的には、側面では耳前部で側頭筋膜や耳下腺筋膜と連続し、下面では広頚筋(プラティスマ)に移行する筋膜・腱膜性の層で、顔面全体を覆う「支持膜」のような役割を果たしていますncbi.nlm.nih.govncbi.nlm.nih.gov。皮膚から数ミリの浅い層(皮下脂肪層の深部)に位置し、皮下脂肪層(Layer 2)と深部脂肪層(Layer 4)の間に介在する顔面第3層として位置づけられていますncbi.nlm.nih.gov。このSMASは繊維筋層性の被膜で、内部に表情筋(頬筋や口輪筋の一部、眼輪筋外側部など)の筋線維や脂肪小葉を含みつつ、顔の広範囲に張り巡らされていますncbi.nlm.nih.gov。いわば表情筋の上に被さった筋膜性の仮面のような構造であり、顔面の皮膚・脂肪と表情筋を一体化させる役割を果たしますncbi.nlm.nih.gov。
SMASの機能上重要な点は、表情筋の収縮力を皮膚へ効率よく伝達・分配することですncbi.nlm.nih.gov。SMASを介して表情筋の動きが顔全体に広がるため、滑らかな表情変化や協調した筋収縮が可能となりますncbi.nlm.nih.gov。例えば頬のSMASは、笑ったときに口角だけでなく頬全体が引き上がる動きを伝達し、自然な笑顔を形作ります。またSMASは顔面の浅層脂肪区画と深層構造の仕切りにもなっており、この層で血管神経の走行が変わったり、靭帯構造(リガメント)が付着して支持構造を形成するなど、解剖学的ランドマークとしても重要ですncbi.nlm.nih.govncbi.nlm.nih.gov。加齢に伴いSMASも弛緩し、表情筋の支持力が低下することで、頬や顎の軟部組織のたるみ(いわゆるほうれい線やマリオネットライン、ジョウルの形成)が進行しますpmc.ncbi.nlm.nih.govpmc.ncbi.nlm.nih.gov。フェイスリフト手術では、このSMAS層を剥離・吊り上げて縫合固定する「SMASアップリフト」を行うことで、皮膚表面だけでなく深部組織ごと引き上げる効果を狙います。SMASは耳前部で浅側頭筋膜、頬部では耳下腺筋膜と連続し、筋膜リガメント(オーリキュラー筋膜リガメント、ジゴマティックカットアネイトリガメント等)によって骨膜や皮膚に固着しているため、フェイスリフト時にはそれらのリガメントをリリースしSMASを引き上げますncbi.nlm.nih.gov。このようにSMASは顔面の軟部組織全体の支持ネットであり、美容外科的にも重要視される解剖構造ですncbi.nlm.nih.gov。
顔面骨格と加齢による骨構造変化
顔面の骨格(頭蓋顔面骨)は、上顎骨、下顎骨、頬骨(頬骨弓)、鼻骨、眼窩を構成する骨などから成り、軟部組織の土台として形態を決定づけています。若年者では骨格と皮下軟部組織の容積バランスが取れているため、頬の高まりや輪郭線が滑らかですが、加齢に伴い頭蓋顔面骨もリモデリング(骨吸収と再形成)を続け、全体として容積が減少する傾向がありますnature.com。特に眼窩周囲、上顎骨、下顎骨に加齢変化が集中しやすいことが知られていますnature.com。具体的な変化として、眼窩は年齢とともに拡大(眼窩孔が広がり縦径・横径が増大)し、眼球を支える骨の縁が後退するため目元が落ちくぼんだ印象になりますnature.com。また上顎骨は歯槽骨(とくに鼻翼基部の傍鼻部や切歯部)から次第に吸収し、前方投影が減少するために中顔面が平坦化しますnature.com。頬骨もわずかながら体積減少し、頬の突出感が減ってしまいます。下顎骨(特にオトガイ部や下顎枝後縁)も骨萎縮が生じ、下顎骨縁が痩せることで顎の角張りが失われたり、オトガイ部の後退によって皮膚と軟部組織が余りやすくなりマリオネットラインやジョウル(フェイスラインのたるみ)を助長しますnature.com。加齢による頭蓋骨の骨密度低下は全身の骨粗鬆と類似しており、とくに女性では閉経後に骨吸収が促進されるため顔面骨格のボリュームロスも顕著になる傾向があります。
骨格の局所的変化としては、研究により眼窩上縁の内側部と外側部、鼻のピリフォーム開口部周囲、下顎骨のオトガイ部・下顎角(プレジョール領域)が最も骨吸収の影響を受けやすい部位と報告されていますnature.com。つまり、眼窩の上内側が拡大し眉の上部が窪むこと、眼窩の下外側(外眼角付近)が下がること、鼻の付け根(鼻翼基部)周囲が後退して鼻と頬の境目がくっきりすること、下顎骨の歯槽部が痩せ顎先からフェイスラインにかけてボリュームが減ることが、顔貌老化に直結する骨格変化ですnature.com。実際、CTや頭蓋骨研究から、40代以降では眼窩面積が徐々に拡大し、上顎の高さ(特に臼歯部の垂直長)が低下し、下顎枝が短縮するとのデータがありますnature.com。加えて歯の喪失(無歯顎)により歯槽骨が高度に萎縮すると、口元の支持が失われて口唇の萎縮や下顔面高の減少が著明になりますnature.com。このように骨格の萎縮・変形は軟部組織のたるみを二次的に悪化させるため、総合的な顔面老化の原因となりますnature.comnature.com。美容外科では、ヒアルロン酸などのフィラーを骨膜上に注入して萎縮した骨格ボリュームを補い、軟部組織を下から支える治療も行われます。例えば鼻翼基部にフィラーを注入して上顎の不足を補正し法令線を緩和したり、オトガイ部に注入して顎先を補強しマリオネットラインを改善するといったアプローチです。さらに近年では骨格へのアプローチ(ハンズオフ骨造成術)として、超音波で骨膜下を剥離・刺激してコラーゲン沈着による骨肥厚を促す試みも研究されています。顔面骨格の加齢変化は従来見過ごされがちでしたが、近年の研究で骨の萎縮が軟部組織の老化と密接に関連することが分かり、総合的な若返りには軟部組織と併せて骨格の補正も重要と認識されていますnature.comnature.com。
4. 美容施術時に留意すべき解剖学的ランドマークとリスク構造(血管・神経)
美容領域でのヒアルロン酸やボツリヌス毒素の注入、脂肪移植、糸リフトなどの施術を行う際には、重要な血管や神経の走行ランドマークを把握し、誤って注入・損傷しないよう細心の注意を払う必要があります。特に血管系の損傷や内注入は皮膚壊死や失明など重篤な合併症につながり得るため、安全な注入深度・部位の目安(いわゆる「デンジャーゾーン」)が知られていますnaturalaesthetica.comnaturalaesthetica.com。以下に代表的な解剖学的リスク部位と留意点を挙げます。
- 額・眉間部(Glabella周辺): 眉間から前額部にかけて内側眼動脈系の穿通枝である滑車上動脈・眼窩上動脈が走行します。これらは眉の内側~中央付近で皮下浅層に浮上し、小径で側副血行路が少ないため、グローベル(眉間)へのフィラー注入は最も危険とされますnaturalaesthetica.com。万一ヒアルロン酸フィラーがこれら動脈に注入・塞栓されると、供給領域の皮膚壊死のみならず逆行性に眼動脈本幹へ流入して網膜中央動脈を閉塞し失明を招くリスクがありますnaturalaesthetica.com。額や眉間では基本的に中央部への深部注入は避け、骨膜上ではなく浅い真皮内への微量注入に留めるか、可能なら注入自体を控えるのが安全です。またボツリヌス注射時も、眉間の皺眉筋や鼻根筋への注射が深すぎると眼窩隔膜を越えて眼球に作用する可能性があるため注意が必要です。
- 鼻および内眼角部: 鼻根部から鼻梁・鼻翼基部にかけては、顔面動脈の終枝である「/angular」や、眼動脈の枝である背側鼻動脈 (dorsal nasal a.)など重要血管が集まる領域です。特に内眼角(目頭)から鼻背にかけての範囲では、眼動脈系と顔面動脈系の吻合が存在し、外鼻の皮膚に栄養を与えると同時に眼窩内へ通じる経路となっていますnaturalaesthetica.com。鼻へのフィラー注入(いわゆる隆鼻術的フィラー)は、鼻尖・鼻翼の壊死や失明の報告例が多く、グローベルに次いで非常にリスクの高い部位ですnaturalaesthetica.com。特に鼻根~鼻背の正中は背側鼻動脈が浅層を走り、また鼻翼基部(鼻孔横)は/angular動脈(顔面動脈→眼角動脈)が皮膚直下に位置するため、鼻へのフィラーは細心の注意が必要ですnaturalaesthetica.comnaturalaesthetica.com(過去に鼻の手術を受けた場合は血行が変化している可能性があり、さらに危険性が高まりますnaturalaesthetica.com)。一般には内眼角から指1本分(約1~1.5cm)以内には注入しない、鼻背中央や鼻尖への高圧ボーラス注入は避ける、カニューレを用いる、といった安全策が推奨されていますnaturalaesthetica.comnaturalaesthetica.com。
- 眼周囲・涙堂(下眼瞼~上顎前面): 眼窩下孔 (infraorbital foramen)が下眼窩縁の真下約5~10mmの位置に存在し、ここから眼窩下動脈・静脈および眼窩下神経(上顎神経の枝)が前方に出てきますnaturalaesthetica.com。眼窩下動脈は上顎動脈から分岐する比較的太い血管で、眼窩下孔部で浅層に出て鼻側壁や上唇に向かう枝を出します。ゴルゴライン(涙堂)や上顎のくぼみにフィラーを深く注入しすぎると、この眼窩下動脈を直接傷つけたり塞栓させたりする危険がありますnaturalaesthetica.com。特に骨膜上へのディープボーラスは厳禁で、安全な涙袋・頬上部のフィラー注入には眼窩下孔より外側を選び、真皮内または浅い脂肪層にカニューレで扇状に注入する方法が推奨されていますnaturalaesthetica.com。また眼窩下孔部を圧迫すると眼窩下神経の知覚異常(上唇や頬のしびれ)を来すため、この部位は局所麻酔ブロックや圧迫止血の際のランドマークとしても注意深く扱います。
- 口唇・口囲: 上唇・下唇にはそれぞれ上唇動脈・下唇動脈が存在し、いずれも顔面動脈から枝分かれして唇の赤唇縁(いわゆるウェット・ドライボーダー付近)を走行していますnaturalaesthetica.com。上唇動脈は鼻中隔枝や翼突枝を出し鼻翼や鼻中隔にも栄養を与えるため、ここが塞栓されると上唇のみならず鼻先の壊死に至るケースもありますnaturalaesthetica.com。特に人中部や口角近くは血行が複雑で、動脈が表在化しやすい部位です。リップフィラー(唇への充填術)を行う際は、粘膜側から浅く線状に注入するか、縦方向の深刺しは避けて横方向からカニューレで入れるなどのテクニックが用いられますnaturalaesthetica.com。口角のすぐ外側1cmには太い顔面動脈幹が走ることも覚えておく必要がありますnaturalaesthetica.com。また下顎骨のオトガイ部にはオトガイ孔 (mental foramen)が左右にあり、ここからオトガイ神経とオトガイ動脈(下歯槽動脈の枝)が出ています。口角から下方~オトガイにかけてフィラーや脂肪を注入する際、このオトガイ孔周囲を避けないとオトガイ神経を圧迫して下唇の知覚麻痺を起こしたり、動脈を塞栓してオトガイ部~下唇の皮膚壊死を起こすリスクがあります。特にマリオネットライン(口角下縦溝)のフィラー施術では深部に注入しすぎるとオトガイ孔に近づくため、骨膜上ではなく浅い皮下への層にとどめることが推奨されます。
- 頬・鼻唇溝: 法令線(鼻唇溝)付近では深部に顔面動脈本幹が走り、鼻翼基部付近で上行する枝(鼻翼動脈や眼角動脈)を出しますnaturalaesthetica.com。とりわけ鼻翼外側の溝(鼻翼基部)は動脈が浅層に浮上する「デンジャーゾーン」であり、この部位にフィラーを過量注入すると容易に血管が圧迫閉塞されて鼻翼壊死を招きえますnaturalaesthetica.com。鼻唇溝への注入は比較的安全と認識されがちですが、実は顔面動脈塞栓による皮膚潰死が起こり得る部位であることに留意すべきですnaturalaesthetica.com。安全策としては、鼻翼基部を避けてもう少し外側の法令線上に注入する、あるいは浅い真皮内に少量ずつ線状に注入するなどが挙げられます。またカニューレ針を用いて血管損傷のリスクを下げる方法も有効です。
- 下顎骨ライン・フェイスライン: 下顎骨下縁の中央部から後方にかけて、顔面動脈は下顎下縁に沿って前下方から走行し、下顎骨のオトガイ孔より後方約2~3cmの切歯孔切痕(下顎切痕)付近で下顎骨下縁を乗り越えて顔面に入るのが解剖学的な通り道ですnaturalaesthetica.com。ちょうど下顎骨角の前方、下顎体中央のやや後ろあたりが顔面動脈拍動の触知点であり、そこから顔面動脈は波打つように口角方向へ向かいますnaturalaesthetica.com。昨今、下顎輪郭のシャープ化や顎先プロジェクションを目的に顎やフェイスラインへのフィラー注入が人気ですが、下顎骨付近では顔面動脈本幹を傷つける危険がありますnaturalaesthetica.com。特に下顎骨のすぐ上(骨膜上)に深く注入すると動脈圧迫・穿刺の恐れがあるため、骨膜上への大きなボーラス注入は避け、下顎骨下縁に沿っては常に血管の走行を念頭に置き浅層にカニューレで注入するなどの配慮が必要ですnaturalaesthetica.com。加えて、下顎骨付近には顔面神経の下顎縁枝が走行し表情筋(下唇下制筋など)を支配しています。糸リフト等でこの領域を通過する際や、エラへのボトックス注射時(咬筋深部に入れすぎると顔面神経枝に達する可能性)にも、この神経を損傷しないよう注意します。一般に下顎角の直前1横指および下顎縁下1横指以内には大きな血管神経が集まるとされ、そこを避けるのが無難ですnaturalaesthetica.comnaturalaesthetica.com。
- 頬骨弓前方~耳前部: 頬骨下縁の前から耳前にかけては、深部に上顎動脈の分枝が多く存在し、浅層には横顔面動脈 (transverse facial a.)が走行しますnaturalaesthetica.com。横顔面動脈は耳介前方~頬骨弓のすぐ下を水平に走り、耳下腺や咬筋に血流を供給する枝ですnaturalaesthetica.com。ミッドフェイス(中顔面)へのフィラーを頬骨弓付近まで広げて注入する際には、この横顔面動脈を損傷しないよう頬骨弓下の1横指程度は避けるか、浅層に留めるのが望ましいですnaturalaesthetica.com。特に耳珠の前縁から下顎角上縁にかけての耳前線は、顔面神経主幹の表層への移行部位および横顔面動脈の走行位置でもあるため、糸リフトの挿入や深部注入は避けるべきゾーンですnaturalaesthetica.com。耳前~頬骨弓上には側頭筋深筋膜が広がり、その下を顔面神経の側頭枝・頬骨枝が走ります。従って、安全な中顔面への注入は頬骨弓より下方1cm以降で、骨膜上ではなくSMAS上の浅い層に限定するといった工夫が必要ですnaturalaesthetica.com。
- 側頭部(こめかみ): 側頭部はフィラーや脂肪注入でボリューム改善を行うことがありますが、浅側頭動脈と中側頭静脈という重要血管が通っていますnaturalaesthetica.com。浅側頭動脈は耳の前から側頭部に上行し、額側頭枝に分かれて前頭部・側頭部の皮膚に栄養しますnaturalaesthetica.com。この動脈がもし塞栓されると、先述の眼窩上動脈との交通を介して眼血流へ逆行性にフィラーが流れ込み失明するリスクがありますnaturalaesthetica.com(浅側頭動脈の前頭枝は眉上で滑車上動脈と吻合するため)。また中側頭静脈は浅側頭動脈に並走し、これにフィラーが誤注入されると肺塞栓の危険が指摘されていますnaturalaesthetica.com。そこで側頭部では浅側頭動脈の拍動を触知して十分避ける、カニューレで骨膜上ではなく浅い真皮下に注入するなどの対策が推奨されますnaturalaesthetica.com。具体的には眉尻の直上1cm程度後方(浅側頭動脈前頭枝の位置)を指で圧迫遮断しながら注入するテクニックや、眉尻の後方(側頭窩中央)1cmより深部に入れないなどが安全策として知られていますnaturalaesthetica.com。
以上のように、顔面には「ここを越えると危険」という解剖学的ランドマークがいくつも存在します。個人差も大きいため絶対安全な場所はありませんが、動脈の走行や神経孔の位置を熟知し、皮内・皮下のどの層に針先があるかを常に意識することが重要ですnaturalaesthetica.com。具体的な施術上の工夫としては、細い鈍針カニューレを用いて血管損傷のリスクを下げる、術前に超音波で血管走行をマッピングする、適宜アスペレーション(陰圧をかけて血管内誤穿刺をチェック)を行う、一度に大量を注入せず少量ずつ分散して注入する等が挙げられますnaturalaesthetica.com。万一フィラーによる血管閉塞が疑われた場合には、早期に高濃度ヒアルロニダーゼの病変部位への注入や温罨法・マッサージ、プロスタグランジンE製剤投与、高圧酸素療法などの対処を速やかに行いますpmc.ncbi.nlm.nih.govpmc.ncbi.nlm.nih.gov。患者の安全を第一に、解剖学知識に裏付けられた慎重な手技を心掛けることが、美容治療における合併症回避と良好な結果につながるのです。
参考文献・出典: 信頼性の高い皮膚科学・形成外科学・美容外科学の資料を参照し、本カリキュラムを作成しました。各節の内容には以下の文献の知見を反映しています。
- 瀧川雅浩(編)『皮膚科エキスパートナーシング 改訂第2版』南江堂, 2018kango-roo.comkango-roo.comkango-roo.com他.
- StatPearls (NIH/NLM) “Wound Healing Phases” (2023)ncbi.nlm.nih.gov, “Growth factors in wound healing” (2021)woundsource.comwoundsource.com.
- Chang et al. “Adverse Effects Associated with Dermal Filler Treatments: Part II – Vascular Complications.” Journal of Clinical Medicine 2024naturalaesthetica.comnaturalaesthetica.com他.
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- Walczak et al. “Age-related changes of the human facial skeleton.” Scientific Reports 13:20564, 2023nature.com他.
- Whitney et al. “Anatomy, SMAS Fascia.” StatPearls (NCBI) 2024ncbi.nlm.nih.govncbi.nlm.nih.gov.
- その他、形成外科・美容皮膚科領域のレビューや解剖学教材pmc.ncbi.nlm.nih.govcellgrandclinic.com等.
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