はじめに
近年、自分の血液を利用した再生医療としてPRP(多血小板血漿)療法が美容や医療の現場で注目されています。しかしその人気に乗じて、日本国内では**「偽物のPRP治療」**が流通・宣伝され、消費者トラブルも報告されています。本記事では、PRP療法の本来の定義や法的要件、偽PRPの特徴や誇大広告の例、実際の被害事例、そして正規のPRP治療を見分け安全に受けるためのポイントや関連法規制・相談窓口について解説します。適切な知識を持ち、再生医療をうたう美容サービスにだまされないようにしましょう。
1. 本物のPRP治療とは?~定義と厚労省の要件~
PRP(Platelet-Rich Plasma)療法とは、患者本人の血液から血小板を高濃度に含む血漿部分を抽出し、患部に注射する再生医療です。血小板には損傷部位の治癒を促す成長因子が多く含まれ、組織の修復や炎症の軽減効果が期待されます。例えば変形性膝関節症の痛み軽減や、美容皮膚科領域の肌再生などに応用されています。
PRP療法は**再生医療等安全性確保法(再生医療新法)**で規定される「再生医療等」に該当し、その安全性確保のため提供施設・医師に対し厳格な要件が課せられています。具体的には:
- 厚生労働省への計画提出: 治療実施前に「再生医療等提供計画」を作成し、認定再生医療等委員会の審査を経て厚労省に提出し受理される必要があります。この計画には治療方法や安全管理体制が詳細に記載されます。
- 提供機関の登録: 計画が受理された医療機関のみがPRP療法を提供できます。届出が受理された再生医療等提供機関であることが必須です。
- 施術者の要件: 治療は適切な資格を持つ医師により行われ、医師個人も所定の手続きで登録されています。
- 安全な方法の使用: 使用するキットや手技は安全性が担保された方法で行われます。例えば国内で医療機器認証を受けた遠心分離キットを用い、無菌的に血小板を濃縮します。
- 自由診療: 現状PRP療法は公的医療保険適用外の自由診療であり、費用は全額自己負担です。
上記を満たした**「本物のPRP治療」**は、法律に則って適正に提供される再生医療です。厚労省への届出が受理された施設では公式にその旨を公表している場合もあり、たとえばあるクリニックでは「厚生労働省に届け出た再生医療等提供計画に基づきPRP療法を広く対応しています」と明記しています。正規のPRP治療はこのように制度の下で実施されている点をまず押さえておきましょう。
2. 偽物PRP治療の特徴 – こんなPRPは要注意!
一方で、法の目をかいくぐり**「PRP」と称しながら実態は異なる偽物治療**も存在します。そうした偽PRPには以下のような特徴が報告されています。
- 血小板を含まない: 本来PRPに含まれるべき血小板が全く入っておらず、成長因子の源となる血小板成分を欠いたまま施術しているケースがあります。極端な場合、患者から採血すら行わずに「PRP」と称する注射をする悪質例も指摘されています(それはもはやPRPですらありません)。血小板を抜いた血漿(PPP)だけでは再生効果は期待しにくく、事実上生理食塩水同然とも言えます。
図: 遠心分離による血液の層構造 – 採血後に遠心分離すると、上層に血小板が少ない血漿(PPP)、中間層に血小板が多く含まれるPRP、下層に赤血球が分離される。偽物PRPでは本来注入すべき橙色のPRP層を使わず上澄みのPPPのみを注入したり、血小板成分を欠いた製剤を用いるケースがある。
- 成分や手法が不明確: 「特殊な◯◯因子を配合」「独自の再生液を注入」などとうたい、具体的に何を入れているか不透明な施術があります。中にはフリーズドライ化した無細胞のPRP(血小板から抽出した成長因子のみを凍結乾燥させた製剤)を使用しながら、それを十分説明せず「PRP治療」と称する例もあります。フリーズドライPRP自体は研究段階の手法で、生きた血小板は含まれず組成が異なります。本来のPRPとは別物であるにもかかわらず、消費者には違いが伝えられていません。
- 極端に安い価格: 正規のPRPは採血・加工コストやキット代等がかかるため、一般的に数万円~十数万円程度の費用設定が普通です。しかし偽物PRPでは明らかに不自然な格安価格で集客している場合があります。実際、あるクーポンサイトでは「最新エイジングケアのPRP注入90%OFF!11,900円」といった宣伝がなされていました。参考価格126,000円の施術を1万円台で提供すると称しており、**「安かろう悪かろう」**の典型と言えます。
- 法の届出をしていない: 偽PRPを行う業者の多くは再生医療等提供計画の提出をしておらず無届けです。当然ながら厚労省の許可番号や計画番号も示せません。患者側から見ると、ホームページ等に再生医療提供計画番号や認定委員会の承認情報が一切記載されていないクリニックは要注意です。後述するように、正規施設はこうした情報を開示しています。
- 再生医療と謳うだけ: 「○○式PRP再生医療」といったそれらしい名称で宣伝しますが、実態は上記のように血小板不使用だったり、安全性が確認されていない方法だったりします。文字通り**「再生医療と謳うだけ」のニセ医療**です。
以上のような特徴に複数当てはまる場合、それは偽物PRP治療の可能性が高く警戒が必要です。特に「やたら安い」「成分説明がぼやかされている」「厚労省の届出について触れていない」PRP施術には十分注意しましょう。
3. SNSや広告に見る誇大表現・誤情報の実例
偽物PRPは宣伝手法にも特徴があります。SNSやウェブ広告では、消費者の関心を引くために誇大な表現や誤解を招く情報が散見されます。典型的な例をいくつか挙げます。
- 「最新の再生医療」「究極のアンチエイジング」といった過剰な謳い文句: 前述のクーポンサイトの宣伝文では「今話題の最新のエイジングケア」「再生医療を応用した究極のアンチエイジング☆自分の血液のみで10年前の肌に若返り!」という刺激的なフレーズが並んでいました。しかし実際には法的手続きを経ていない治療であり、「再生医療を応用」とは名ばかりです。このように科学的根拠や法的裏付けのないまま最新・究極と強調する広告は信用できません。
- 有名人の体験談やビフォーアフター写真の乱用: SNS上では芸能人やインフルエンサーがPRP施術を受けたとする投稿、劇的な施術前後の写真などがシェアされることがあります。しかし写真の信憑性や実際にPRPなのか不明なケースも多々あります。誇大広告は医療広告ガイドラインで禁止されていますが、個人の発信を装ってギリギリを狙う手法もあるため注意が必要です。
- 「プレミアムPRP」「○○式PRP」など名称を変えて差別化: 一部クリニックでは通常のPRPに成長因子製剤(b-FGF等)を混ぜたものを「プレミアムPRP」「WPRP」等と称して提供しています。あたかも通常より優れたPRPであるかのように聞こえますが、実態は血小板とは別に外部から細胞増殖因子を添加したもので、安全性に疑問があります。後述の通り、b-FGF添加PRPはしこり等のトラブルが報告され学会も非推奨の姿勢です。それにもかかわらず広告では「従来より効果アップ!」などメリットのみ強調され、リスク説明は不足しがちです。
- リスクや副作用について触れない: 本来、再生医療等提供計画に沿って行うPRPであっても効果には個人差があり、合併症の可能性もゼロではありません。しかし偽PRPの広告では「自分の血液だから安全」「副作用なしで確実に若返る」など、あたかも万能でノーリスクであるかのような謳い文句が見られます。医療行為に絶対安全はあり得ないため、このような片面的な宣伝は注意が必要です。
以上のような誇大表現は消費者庁や厚労省も問題視しており、不当な医療広告は是正指導や行政処分の対象となり得ます。広告のうたい文句を鵜呑みにせず、冷静に裏付けや詳細を確認する姿勢が大切です。
4. 偽物PRPによる被害事例
偽物PRPや不適切なPRP施術により、実際にトラブルが生じたケースも報告されています。ここでは代表的な被害事例を紹介します。
- ケース1: 顔に硬いしこりが残存
30代女性Aさんは美容目的でPRP治療を受けたところ、施術後しばらくして両頬に硬いしこりができてしまいました。特に左頬のしこりは大きく目立ち、自然には消失せず、Aさんは複数の医療機関を受診した末に**外科的切除(頬をメスで切開して除去)**を余儀なくされました。これはPRP注入時に混入された成分が過剰な線維化反応を起こした可能性があります。PRP自体に異物は含まれないはずですが、成長因子製剤(b-FGF)の添加が原因と疑われています。 - ケース2: 同意書にない成分を混入
40代女性BさんもPRP療法後に頬のしこりトラブルを経験しました。不審に思ったBさんが施術を受けたクリニックの同意書を確認したところ、「成長因子を使用」とだけ書かれており、実際にはb-FGFが混ぜられていたにもかかわらず具体的な説明がなかったことが判明しました。患者はPRPだと思って同意したのに、実際は医薬品成分を追加投入されていたわけで、インフォームドコンセント上大きな問題があります。 - ケース3: PRP偽装による健康被害と訴訟
2023年末には、PRP+b-FGF注射を受けた患者が施術クリニックを提訴したとの報道もありました。朝日新聞の報道によれば、この患者は十分な説明のないままシワ治療目的でPRP+b-FGF注射を受け、想定外のしこりが生じたことから損害賠償を求めて裁判に踏み切ったとのことです。医療側の説明不備・リスク軽視が問われている事例で、再生医療をめぐるトラブルが法廷闘争に発展した象徴的なケースと言えます。 - その他のトラブル: 上記以外にも、「格安PRPを受けたが全く効果がなく金を無駄にした」「無届けサロンでPRP様の施術を受けたら感染症にかかった」「高額なPRP+幹細胞コースを契約したがクーリングオフを拒まれた」等、様々な被害相談が寄せられています。国民生活センターによれば、美容医療サービス全般の相談件数は年々増加傾向にあり、契約や金銭トラブル(高額コース契約・返金拒否など)も多く報告されています。
以上のように、偽物PRPは効果がないどころか健康被害や金銭被害をもたらすリスクがあります。一度体内に注入したものは簡単に除去できず、しこり除去手術のように体への負担も大きくなりかねません。**「自分の血液だから絶対安全」**という宣伝文句を信じ込みすぎず、少しでも不審な点があれば施術を受けない・中止する勇気も必要です。
5. 正規のPRP治療を見分けるチェックポイント
それでは、消費者・患者はどのようにして正規の安全なPRP治療と偽物PRPを見分ければ良いのでしょうか? 以下にチェックすべきポイントを整理します。
- 厚労省への届け出状況を確認: 最も重要なのは、そのクリニックが再生医療等提供計画を提出し受理されているかです。公式サイトや院内掲示に計画番号や認定委員会名の記載があるか確認しましょう。記載が見当たらない場合は直接問い合わせることも有効です。本物のPRP提供施設であれば「当院は再生医療等提供計画番号〇〇〇〇号を取得しています」等、何らかの形で公表しているはずです。逆に明確な回答を避けるようなら疑いましょう。
- 医師からの十分な説明: カウンセリング時に、使用するPRPの内容や手順について詳しい説明があるか確認してください。採血量や使用キット、期待できる効果と限界、副作用リスクまで丁寧に説明する医師であれば信頼度が高いです。特に美容目的の場合、「追加で〇〇注射を併用します」といった提案があれば、その成分が何であるか(例: b-FGF添加の有無)を確認し、不要なら断る判断も必要です。正規の医師は患者の疑問に明確に答えてくれますが、偽物PRP提供者は核心部分をはぐらかす傾向があります。
- 施設の種別と環境: PRPは医療行為ですので、医療機関以外(エステサロン等)で行われることはあり得ません。クリニックであっても再生医療提供施設の要件(清潔な処置室や適切な遠心分離設備)が整っているか確認しましょう。また第三種再生医療提供施設である場合、院名が厚労省の公開リストや再生医療情報提供サイトに掲載されています。心配な場合は事前に厚労省や地方厚生局に問い合わせ、届け出の有無を調べることもできます。
- 極端な安さや過度な勧誘に注意: 相場とかけ離れた安値を強調されたり、その場で高額コース契約を迫られるような場合は注意が必要です。正規の医療では患者に十分考える時間を与えるのが当然であり、「今日中に決めれば特価で提供」などという強引なセールスは通常あり得ません。実際に美容医療の現場では初診当日に高額契約を結ばせる手法が問題視されており、国民生活センターも注意喚起しています。納得できないまま契約・施術をしないよう心掛けましょう。
- 第三者の評判や実績: 信頼できる再生医療提供機関かどうか、厚労省から認可を受けている学会(例: 日本再生医療学会)や専門医のリスト、患者の口コミなども参考になります。ただしネット上の口コミは玉石混交のため、公的機関や専門医による情報を優先してください。学会認定医が在籍し学会ガイドラインに沿った治療を行っているクリニックは比較的安心材料と言えます。
以上のポイントをチェックすることで、**「PRPと名乗る治療が本物か偽物か」**かなりの精度で見極められるはずです。特に厚生労働省への届出状況確認と医師の説明内容は決定的な判断材料となります。不明点は遠慮せず質問し、少しでも疑念が晴れない場合は施術を受けるべきではありません。
6. 関連する法規制と困ったときの相談窓口
最後に、PRP治療を巡る法規制の概要と、トラブル時に頼れる相談窓口をまとめます。
- 再生医療等安全性確保法: 2014年施行のこの法律により、PRP療法を含む再生医療を提供するには事前に計画提出・委員会審査が義務付けられています。無届けで再生医療を提供した場合、法律違反として行政処分や罰則の対象となります。偽PRPはこの法律に違反している可能性が高く、悪質な場合には厚労省や都道府県が是正命令を出したり刑事告発もありえます。
- 医師法・医薬品医療機器法(薬機法): 医師免許を持たない者が注射等医療行為を行えば医師法違反となります。また、PRPに勝手に医薬品(b-FGF等)を混ぜて使用することは本来その医薬品の適応外使用であり、安全性・有効性が確認されていない手法です。場合によっては薬機法違反(未承認医薬品の使用)と見なされる恐れもあります。つまり、偽PRP業者は複数の法規制に抵触している可能性があります。
- 医療広告ガイドライン・景品表示法: 美容医療の広告には医療広告ガイドラインによる規制があり、虚偽・誇大な表示は禁止されています。効果を保証する表現や「絶対安全」「完全無痛」といった断定的表現、また承認を得ていない治療を「最新医療」「画期的」と喧伝することも違法となり得ます。消費者庁も不当表示を取り締まる権限があり、悪質な誇大広告には措置命令を発出することがあります。SNSであっても、事実と異なる宣伝には注意が必要です。
- 相談窓口: 厚労省・医療機関への通報: もし無届けの疑いがある施設や、施術で健康被害を受けた場合は、各都道府県の衛生主管部局(医務課など)や地方厚生局に相談できます。厚労省は再生医療法の所管官庁ですので、怪しい治療について情報提供すれば調査・指導につながる可能性があります。また、美容医療に関する一般的な苦情窓口として、公益社団法人日本美容医療協会が**「美容医療相談センター」**を設置しており、電話やメールで相談することもできます。
- 相談窓口: 消費生活センター等: 契約や費用面のトラブルについては、お住まいの自治体の消費生活センターや国民生活センターに相談しましょう。消費者ホットライン「188(イヤヤ!)」に電話すれば最寄りの相談窓口につながります。不当な高額請求や返金拒否などに対し、アドバイスや事業者への苦情交渉を代行してもらえる場合があります。国民生活センターは近年増加する美容医療の契約トラブルについて注意喚起を行っており、必要に応じて行政処分の要請や被害防止情報の発信もしています。
- 相談窓口: 弁護士会(美容医療110番): 被害が深刻な場合や法的措置を検討する場合は、弁護士への相談も有効です。日本弁護士連合会や各地の弁護士会では、不定期に**「美容医療被害110番」**と称する無料電話相談会を開催しています。例えば福岡県弁護士会では美容医療・エステ被害に関する110番を開設し、被害者の相談を受け付けました。こうした専門家の力を借りて泣き寝入りしないことも大切です。
まとめ: PRP療法自体は適切に行われれば有用な再生医療ですが、その名を騙った偽物が出回っている現状には警戒が必要です。本記事で紹介した知識やチェックポイントを活用し、安易な宣伝文句に惑わされず冷静に判断してください。少しでも疑問を感じたら専門機関に相談し、納得と安心のできる医療を選ぶことが何より重要です。美と健康のための医療サービスを、安全かつ適正に受けましょう。
参考文献・情報源(抜粋)
- 厚生労働省 再生医療等安全性確保法Q&A
- 国民生活センター 美容医療サービスのトラブルに関する注意喚起
- 朝日新聞デジタル 他 「美容目的の再生医療で顔にしこり 医療法人を提訴」(2023年12月)
- 美容皮膚科医療メディア「ヒフコ」PRP療法のトラブル事例紹介 他.
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