顔面の加齢による変化
顔面の老化現象は、皮膚・脂肪・筋膜(SMAS)・靭帯・筋肉・骨格といった全層の構造変化が積み重なって生じる複雑なプロセスであるthieme-connect.comthieme-connect.com。各組織で老化の始まる時期や進行速度は異なり、個人差や人種差も認められるthieme-connect.comthieme-connect.com。以下では解剖学的観点から、各層(皮膚・皮下脂肪・SMAS・靭帯・筋肉・骨格)の加齢変化を述べ、さらに年代別(30代・40代・50代・60代以降)の変化の特徴を概説する。
皮膚
加齢に伴う皮膚の変化には内因性(時間の経過によるもの)と光老化などの外因性因子の両方が寄与するdovepress.com。20代以降、線維芽細胞の働きが徐々に低下して真皮コラーゲン産生量が年1%程度ずつ減少し始めるoaepublish.com。またヒアルロン酸やエラスチン線維の減少・変性も進行し、真皮の細胞外マトリックス(ECM)は断片化していくdovepress.com。その結果、皮膚の弾力が低下して次第に乾燥・菲薄化し、細かいシワが出現するdovepress.com。紫外線曝露や喫煙などの外因は活性酸素種の産生を介してこれらの変化を助長する。例えば慢性的な日光曝露による皮膚では表皮の肥厚や色素沈着、真皮の膠原線維の配列異常と異常な弾性線維の蓄積(いわゆる日光弾性変性)が生じ、真皮のグリコサミノグリカン(GAG)も増加するが通常とは異なる深部に沈着して十分な保水ができないため、皮膚は乾燥して革様になるpmc.ncbi.nlm.nih.govpmc.ncbi.nlm.nih.gov。一方、表情筋の反復収縮による表情ジワは若年者では一過性だが、皮膚の支持力低下や浅層脂肪の萎縮、筋過活動により次第に深く刻まれ、静止時にも残る永続的なシワへと進展するdovepress.com。このような動的シワから静的な刻みジワへの移行は額や眉間、眼周囲、口周囲など典型的な部位で見られるdovepress.com。
皮下脂肪
顔面の皮下脂肪組織は、浅層と深層の脂肪コンパートメントに区画され、隔壁・靭帯によって互いに仕切られているdovepress.com。若年時は脂肪の分布が滑らかで境界が目立たないが、加齢とともに脂肪の選択的萎縮や靭帯支持性の低下が生じ、かつて連続していた脂肪区画の境界に凹凸(陥凹と膨隆)が現れるdovepress.com。特に深部脂肪の容積減少と骨格の萎縮、および靭帯の緩みが重なると、浅層軟部組織の支持性が失われて下垂が顕著となり、顔貌に「たるみ」が生じるdovepress.com。顔面上部では側頭窩や眼窩周囲の深部脂肪(ROOF=眼輪筋上脂肪や深部側頭脂肪)の萎縮によりこめかみ部の陥凹や眉の下垂を招く。中顔面では深部頬脂肪(deep medial cheek fat)の萎縮により頬の前方突出が減少し、上方の支持が落ちるため浅部脂肪が下垂して鼻唇溝や下まぶたの陥凹(いわゆるゴルゴ線)が深刻化するdovepress.com。顔面下部では口唇周囲の深部脂肪(口輪筋下脂肪)の萎縮により口唇の支持が低下して口周囲やオトガイ部のシワが深くなり、さらに頬脂肪体の下方移動や頬部間隙の拡大によって下顎縁に沿って軟部組織が余剰となり、いわゆるジョウル(jowl)が出現するdovepress.com。一方で一部の浅層脂肪は相対的に膨隆し、例えば鼻唇部の浅脂肪は高齢で容積が増加するとの報告があり、法令線上の膨らみとして観察されるthieme-connect.com。また口周囲では皮下組織が特に線維隔壁で強固に固定され脂肪細胞が少ないため、この領域の表在脂肪は加齢で萎縮すると皮膚が支えを失って放射状口唇線など細かなシワを生じやすい。周囲(頬部)との皮下構造の差異は、鼻唇溝や口角から下顎に至る溝(いわゆるマリオネットライン)として現れ、加齢とともに深く刻まれる一因となっているdovepress.com。
表在性筋膜(SMAS)
SMAS(superficial musculo-aponeurotic system)は皮下組織内で表情筋と連続する筋膜性構造で、顔面の軟部組織を支持する重要な層である。SMASは加齢により徐々に菲薄化することが客観的に示されており、若年者では厚さ約1.16 mmであるのに対し、高齢者では0.8〜0.9 mm程度まで減少するpmc.ncbi.nlm.nih.gov。SMASは筋線維・膠原繊維・弾性繊維から構成されるが、これらは加齢によりいずれも変性・減少するpmc.ncbi.nlm.nih.gov。SMAS自体の支持力が低下すると筋肉・脂肪・皮膚を保持する機能が弱まり、顔面軟部組織の下垂に拍車をかけると考えられるpmc.ncbi.nlm.nih.gov。実際、SMASの菲薄化そのものが顔面老化の一因となっている可能性が示唆されているpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
顔面の保持靭帯
顔面には皮下組織を骨や深部組織に繋ぎ止める複数の固定靭帯(保持靭帯)が存在し、代表的なものに頬骨靭帯(zygomatic ligament)、眼輪筋靭帯(orbicularis retaining ligament)、下顎靭帯(mandibular ligament)などが挙げられる。これらの靭帯は骨膜や深筋膜から垂直に皮膚真皮まで達し、脂肪コンパートメント間の境界を画するとともに皮膚を支持しているdovepress.com。加齢に伴う保持靭帯そのものの伸展変化は最小限とも報告されるがdovepress.com、SMASから皮膚へ枝分かれする微細な線維性の付着(retinacula cutis)は表情運動による反復牽引で徐々に弱くなると考えられているdovepress.com。主たる靭帯のうち頬骨靭帯や下顎靭帯は、その深部付着部(骨〜SMAS間)では加齢変化がほとんどないものの、SMASより表層側では下顎靭帯の一部に弱化が認められる。また口角下方に位置する支持線維(下顎骨下方の咬筋筋膜支帯)は咀嚼や開口に伴う反復運動の影響で比較的早期から伸展・弛緩しやすいdovepress.com。さらに加齢により骨格が萎縮・変形すると、それに付着する靭帯の起始部位の位置関係も変化するため、靭帯の張力や走行が乱れ、結果として脂肪組織のハンモック(吊り床)としての支持が緩んで軟部組織の下垂を招くdovepress.com。実際、頬骨靭帯・眼輪筋靭帯・下顎靭帯の支持力低下は顔面軟部組織の下垂をもたらし、これら靭帯で本来保持されていた脂肪が重力で落ちることで、目の下の陥凹(tear trough変形)や下瞼の膨らみ(マラーバッグ)、下顎ラインのたるみ(ジョウル)といった加齢徴候が現れるpmc.ncbi.nlm.nih.gov。鼻唇溝(法令線)も、ちょうど頬の脂肪コンパートメントが終わり口周囲の固着した支持組織が始まる境界線であり、この部分の靭帯・筋・骨の変化によって加齢とともに深く刻まれるthieme-connect.com。下顎靭帯も境界として作用し、この靭帯の直後で支えを失った軟部組織が下方にずれることでフェイスラインに段差(マリオネットラインと下顎の境目)が生じるthieme-connect.com。
筋肉(表情筋)
表情筋も加齢により微細な形態変化を受ける。長年の使用に伴い筋線維の一部が萎縮・線維化し、筋力や協調性が低下する可能性がある。あるMRI研究では高齢者で表情筋の長さや体積に有意差は認められなかったとされるがpmc.ncbi.nlm.nih.gov、他方で加齢や筋活動低下によって骨格筋は萎縮・脂肪化する傾向があり顔面も例外ではないonlinelibrary.wiley.com。また表情筋の収縮力バランスにも変化が生じ、例えば額や眉間では皺眉筋や前頭筋の緊張が相対的に強まり、常にしかめたような表情が定着しやすくなる。中高年になると表情筋の一部に過緊張状態が生じ、顔全体の表情可動域が減少する。特定の筋の恒常的収縮は脂肪の位置を変え皮膚溝を押し広げるため、典型的な表情ジワが深く刻まれて固定してしまうことがあるdovepress.com。例えば眉間の縦ジワ、額の横ジワ、鼻根部の横ジワ、口周囲のマリオネットラインなどは、筋の長年の反復収縮と皮膚・支持組織の劣化により、表情と無関係に残存する深い皺となることが多いdovepress.com。一方、加齢とともに口輪筋や眼輪筋など口唇・眼瞼周囲の筋緊張は相対的に低下し、これらの縁を支える張力が弱まるため眼瞼の開大や口唇の菲薄化につながる。広頚筋(platysma)とのバランスも崩れ、下顔面の支持が減弱すると下顎縁の皮膚・脂肪が下垂してマリオネットラインや顎下のたるみを助長する。
骨格
顔面頭蓋骨の加齢変化は一見気づきにくいが、画像解析や頭蓋計測により軟部組織の変化を裏付ける骨レベルの形態変化が起こることが明らかになっているpmc.ncbi.nlm.nih.govpmc.ncbi.nlm.nih.gov。顔面骨は成人後も生涯にわたりリモデリング(吸収と再形成)を続けており、20代後半から加齢性の骨形態変化が始まるとされるdovepress.com。加齢に伴う特徴的な変化として、眼窩の拡大(眼窩容積の増加と眼窩縁の後退)、眉間部の凹み(グラベラ隆起の減少)、上顎骨前壁の後退、および梨状口の拡大が報告されているdovepress.com。これらにより、中顔面は平坦化して眼周囲は相対的に陥凹し、オトガイ部(下顎前方)は後退して口元の支持が弱くなり、下顎角は鈍化して下顎線のシャープさが失われるdovepress.com。具体的には、眼窩周囲では下外側の眼窩縁が中年期から後退を始める一方、上内側の眼窩縁の顕著な吸収は高齢で生じるlink.springer.com。上顎骨は有歯顎でも加齢により萎縮し、若年者(<30歳)と高齢者(>60歳)を比較すると上顎前壁の傾斜角が平均で約10°減少する(後退する)との報告があるlink.springer.com。また鼻の開口部である梨状口の骨縁はとくに下半分で骨萎縮が大きく、鼻翼基部が後退するため外鼻孔の支持が弱まり、鼻尖(鼻先)の下垂や鼻唇角の鈍化が生じるlink.springer.com。前鼻棘も加齢で後退するため、上口唇基部と鼻柱(columella)の支持が低下し、鼻先が下向きに落ちる形になるlink.springer.com。下顎骨では、骨格全体の横幅(下顎枝間距離や下顎体長)は大きく変わらないものの、加齢に伴い下顎枝の高さや下顎骨体の高さ・長さが徐々に短縮し、下顎角は拡大(鈍化)する傾向が報告されているlink.springer.com。この変化は下顎線の輪郭を鈍らせる一因となる。オトガイ部から下顎骨体前縁にかけての骨吸収により下顎縁中央部に窪み(プレジョウル・サルカス, prejowl sulcus)が生じ、ここが軟部組織の支持を失う部位となってジョウルの形成を助長するlink.springer.com。下顎骨の発達が小さい人(下顎後退や小顎症の傾向がある骨格)では、このような支えの乏しさから若年期でもジョウルが目立ちやすいlink.springer.com。なお、歯の喪失がある場合には歯槽骨の吸収が加速し、顔面下部の垂直高が低下して口元が後退するため、老年期の顔貌変化が一層顕著となるlink.springer.com。
年代別の顔面加齢変化
- 30代: 20代後半から始まったコラーゲン産生低下の影響が徐々に現れ始める時期であり、皮膚のハリがわずかに低下して目尻や額に細かな表情ジワが定着し始めるoaepublish.comdovepress.com。皮下組織の支持性も一部緩み始め、下まぶたの軽いくぼみや法令線のわずかな陰影として認識されることがある。骨格の形態変化はまだ軽微だが、代謝の低下に伴い顎下の脂肪が蓄積しやすくなり、フェイスラインに変化の兆しが現れる。
- 40代: 真皮コラーゲンの減少と光老化の蓄積により皮膚弾力の低下が明らかとなり、額・眉間の表情ジワや目尻のシワが深く刻まれて静止時にも見えるようになる。頬のボリュームロスが目立ち始め、頬骨上の脂肪が減少・下垂して鼻唇溝がはっきりとしてくるthieme-connect.com。眼窩の拡大や支持組織のゆるみにより、下瞼の膨らみ(眼袋)や目の下のくぼみが顕在化する。下顔面ではマリオネットライン(口角~顎の溝)が出現し、フェイスラインのたるみの初期変化がみられる。骨格では外側眼窩縁の後退などがこの時期に進行し始めるlink.springer.com。
- 50代: 皮膚の菲薄化とシワの定着がいっそう進行し、表情によらず深いシワが額・眉間・眼周囲・口周囲に刻まれる。女性では閉経に伴うエストロゲン低下によって数年間で真皮コラーゲンが約30%急減するためnordic.com、肌の萎縮と乾燥が加速する。中顔面の脂肪萎縮と骨萎縮により頬がこけ、眼窩周囲の陥凹が顕著となる。支持組織のたるみにより眉が下がり、上瞼の皮膚弛緩が目立つ。鼻柱支持の低下で鼻尖が下方に傾き、鼻が伸びたような印象を与える。下顎骨の萎縮と軟部組織下垂が相まって、フェイスラインに明らかなジョウルが形成され、顎下にもたるみが現れるlink.springer.com。
- 60代以降: 老年期には加齢変化が全層で高度に進行し、皮膚は著しく薄く乾燥して張力を失い、深いしわと顕著なたるみが生じる。顔面脂肪の容積は大幅に減少し、側頭部や頬部は萎縮して眼窩や頬骨の輪郭が浮き出る。骨格の萎縮が顔貌に顕著に反映される時期であり、上顎骨の後退により鼻唇角が鈍くなり、歯の喪失があれば顎口部が大きく後退するlink.springer.com。眼窩周囲の骨萎縮も進行し、眼瞼周囲の陥凹と皮膚のたるみが一層増悪する。耳介軟骨は高齢でも増殖するため耳朶が大きくなり、鼻尖も支持軟部組織の弛緩で下垂が顕著となるhealth.harvard.edu。顔全体としては上顔面のボリュームロスと下顔面のボリューム過多が極端となり、頬が落ちくぼんで顎下に脂肪が蓄積した外観となる。以上の変化により、頬の下垂した法令線・マリオネットライン、眼窩と頬の陥凹、顎の萎縮と首のたるみが複合した高齢顔貌が完成する。
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