スタートレックの医療と2025年現実医療の比較整理
スタートレックに描かれた医療と2025年の現代医療の比較
『スター・トレック』シリーズは未来の医療技術や倫理観を豊富に描いてきました。それらは現実の医療に多大なインスピレーションを与え、一部は既に現実となった技術もあれば、現代の医学・倫理では受け入れ難い描写やなお実現していない未来技術も存在します。本回答では各シリーズ(TOS、TAS、TNG、DS9、VOY、ENT、DIS、SNW、PIC、LD、PRO)ごとに、診断・治療法から医療制度、異種族医療、ジェンダー観、AIドクターやホログラム医療、再生医療、トリアージ倫理、終末期医療、患者の自律と同意、医師の権限と限界に至るまで、網羅的に比較・考察します。各シリーズで描かれた医療技術・思想を(1)既に達成されたもの、(2)現代の医学や倫理と矛盾し否定・見直しされたもの、(3)まだSFの域を出ない未来的なもの、の観点で整理します。
スタートレック: オリジナルシリーズ (TOS, 1966–69) および劇場版/TAS
達成された技術・思想: TOSでは、23世紀の宇宙船エンタープライズ号の医療は当時として画期的でした。例えば、劇中で頻繁に使われた**「ハイポスプレー」(空気圧で薬剤を注入する注射器)は、現在の無針注射器(ジェットインジェクター)の先駆けですmahannahsscifiuniverse.commahannahsscifiuniverse.com。実際に現代でもZogenix社のDoseProのように、針を使わず高速で薬剤を皮下投与できる装置が登場していますmahannahsscifiuniverse.com。またマッコイ医師が携行した医療用トリコーダー**(患者を非接触でスキャンし診断する装置)は、今日の携帯型モニターやスキャナーの発想源となりました。当時はSFだった「非接触診断」は、今や赤外線体温計や携帯型エコーなど現実の医療機器で実現していますjustice.salon。エンタープライズの医務室にはベッド脇に円筒形のセンサーがあり、かざすだけでバイタルサインを計測していましたjustice.salon。これは現代のモニターベッドや遠隔監視システムに通じるものですmahannahsscifiuniverse.commahannahsscifiuniverse.com。さらに、船内には電子カルテのようなコンピューター端末も描かれ、マッコイはそれを使って診療記録を管理していましたjustice.salon。電子カルテや患者モニターは21世紀の医療現場で一般的になっており、TOSのビジョンが現実化した一例と言えます。
矛盾・見直された要素: 一方で、TOSの医療描写には現代の視点で見ると古風または非現実的な点もあります。マッコイ医師は「20世紀の外科手術なんて頭蓋に穴を開ける野蛮な行為だ!」と劇中で痛烈に批判しましたがjustice.salon、実際の現代医療では外科手術は科学的根拠に基づく標準治療です。TOSの時代設定ではそれほど医学が進歩しているという描写ですが、21世紀の我々から見ると過剰な表現でしょう。またTOSでは女性医療スタッフが看護師チャペル程度で、船医は男性のマッコイが中心でした。1960年代当時の性別役割観を反映したものですが、現代では医師の性別比は大きく改善され、女性医師も多数活躍しています。この点でTOSのジェンダー観は現在の倫理観とずれがあります。また、TOSではエイリアン由来の未知の病に対しマッコイが短時間で治療薬を開発するエピソードが多々見られます(例:「Miri」では不老不死薬が裏目に出た病にワクチンを調合)。現代の医学では新薬開発やワクチン開発には通常数年単位の研究が必要であり、TOSのような即効の解決は現実的ではありません。これはドラマ上の演出ですが、現実の科学プロセスとは矛盾します。またTOSではしばしば**プライム・ディレクティブ(原則不干渉)**が医療行為にも影響しました。未開惑星の疫病に対して、宇宙艦隊が倫理的ジレンマに陥る場面があります(例:「惑星エコスの光」等)。現代の医療倫理では、治療可能な患者集団を見殺しにすることは許されず、人道的支援が優先されます。TOSの一部エピソードに見られる「進化のため介入しない」判断は、現在の倫理基準では受け入れ難いものです。
未だ実現していない技術・概念: TOSの医療には21世紀から見ても遥か未来的な技術が登場します。たとえばマッコイが劇場版『スタートレックIV』で腎不全の患者に渡した**「腎臓を再生する特効薬」は、錠剤一つで臓器が再生するという夢の治療でしたが、2025年現在、臓器不全を薬一つで治すことは不可能です(腎移植や透析が必要)justice.salon。また、人間を丸ごと転送して治療に役立てる輸送装置(トランスポーター)もTOSの発明ですが、物質転送そのものが現代科学では実現しておらず、まして転送ビームで病原体だけをろ過除去する**ような描写(例:「宇宙からの侵入者」での老化現象の治療)は完全にSFの域です。さらに、TOSではクリンゴンやバルカン人など異星人の治療も人間の医師が行います。種族ごとに生理が異なる中で治療法を即座に見出す描写がありますが、現代医学では人間以外の高度知的生物が存在しないため直接の比較はできません。仮に将来異星人と交流する時代が来ても、種ごとに医学知識を蓄えるには相当な年月が必要でしょう。TOSの医療は、人類が病気を克服し寿命も延びたユートピア的未来を背景にしています。実際に24世紀のマッコイ提督(TOSのマッコイ医師の老年期)が137歳でも健在だった設定から、寿命延伸も示唆されています。しかし21世紀現在、人類の平均寿命は80年前後であり、老化の克服はまだ実現していません。TOSで描かれた未来医療の多く(あらゆる病の迅速な治癒、寿命150歳超など)は、現代では依然SF的な目標です。
※ アニメシリーズ (TAS, 1973–74): TOSの延長線上にあるアニメ版でも、医療描写は基本的にTOSと同様です。例えば「Albatross」ではマッコイが過去に関与した惑星の疫病が題材となり、医師としての責任感が描かれました。TAS独自の医療技術は特に登場しませんが、宇宙疫病の治療や、高度な医療設備がアニメーションならではのビジュアルで描かれています。非現実的な設定では、「The Counter-Clock Incident」で乗組員が急速に若返る現象が起きましたが、これは医学と言うよりSF的なタイムトラベル現象であり、もちろん現実にはありません。総じてTASの医療観もTOSと同じく、人道主義的で古き良き開業医マッコイの倫理観が中心です。
スタートレック: 新たなる旅立ち (TNG, 1987–94)
達成された技術・思想: 『新たなる旅立ち』(TNG)の時代設定は24世紀で、医療技術も飛躍的に進歩しています。エンタープライズDの医療主任ビバリー・クラッシャー医師は携帯端末PADDで患者データを閲覧・入力し、これが現代のタブレット端末や電子カルテの普及を予見したものとされています。診断には改良型の医療用トリコーダーが使われ、100種類以上のセンサーで体内状態や微生物まで解析し、データを一瞬でコンピュータ照合する描写がありますjustice.salonjustice.salon。このようなポータブル診断デバイスは現実でも研究されており、2017年のQualcomm社主催「トリコーダーXプライズ」では、医療トリコーダー実現を目指す競技で34種もの疾患を数分で検出できるAI診断機が優勝しましたjustice.salonjustice.salon。その試作機DxtERはデジタル聴診器や血圧計など複数の非侵襲センサーを組み合わせ、患者が自宅で検査して結果を医師に送信できるシステムで、まさにTNGの医療トリコーダーに近づいていますjustice.salonjustice.salon。またTNGではホロデッキ(架空の環境を作り出すホログラムシミュレーター)が登場し、乗員のメンタルケアやトレーニングに使われました。これは現在のVR療法(例えばPTSD患者が仮想現実でトラウマ場面を克服する治療)に通じる発想です。エンタープライズDの医療室には生体モニター付きベッドや自動注射器、骨折治療用の骨融合装置など先進機器が備わり、これらの一部は現実にも原理が存在します(現代でも低侵襲手術用のレーザーメスや超音波骨癒合器などが使われています)。さらにTNG時代の連邦社会では、貧困や通貨経済が廃止されており、医療もすべての人に無償提供されます。これは多くの先進国で採用されているユニバーサルヘルスケア(国民皆保険制度)に似ています。実際、「連邦の平等な医療体制はすでに現代の多くの国で実現しており、アメリカのような例外を除けば理想は達成されている」との指摘もありますthem0vieblog.com。言い換えれば、24世紀の架空の医療ユートピアは、少なくとも基本的な医療への平等なアクセスという点で現実に近づきつつあります。
矛盾・見直された要素: TNGは人道的で倫理的な医療描写が多い一方、いくつか現代医学と相容れない設定があります。代表例は遺伝子工学に対する極端な忌避感です。劇中では優生戦争の反省から人類の遺伝子強化を厳禁しており、遺伝疾患の治療以上の改良は法律で禁じられています。現代でもデザイナーベビーへの倫理懸念はありますが、例えば重病治療のための遺伝子治療や胚のゲノム編集は慎重な議論の上で模索されています。TNGのように一律禁止という姿勢は、現代の倫理・科学の潮流から見ると議論の余地があります(実際、現代では重篤な遺伝病に対するCRISPR治療などが研究・一部実用化されています)。またTNGのエピソード「エシックス(Ethics)」では、脊椎を損傷して下半身不随となったウォーフに対し、非常に危険な試験段階の再生治療(DNAを用いた脊髄複製移植)を施すかどうかが問われました。この中でクラッシャー医師は患者の同意があっても倫理的リスクを重視し躊躇しますjustice.salon。最終的にウォーフは手術を選び成功しましたが、クラッシャーの慎重な姿勢は現代の医師倫理に近いものです。むしろ問題は、この手術を提案した別の医師(ラッセル博士)が治験も不十分な治療を推し進めようとした点で、これは現代の基準では明らかに非倫理的な臨床試験です。TNGはこのようなテーマを通じて医療倫理を描きましたが、同時に「患者本人が望むなら危険な治療も許されるのか?」という難問を提示しました。現代の倫理指針では患者の自己決定権は尊重されますが、医師には非有益な医療を行わない責務もあり、劇中同様に慎重な判断が求められます。もう一つの矛盾は、TNGが提示した優生思想への過剰な拒否です。遺伝子強化人間を生まないために、たとえ治療目的でも人間の遺伝子操作を避ける連邦の方針は、現在から見ると議論的です。21世紀には不妊治療や遺伝病回避のための着床前診断、遺伝子治療が行われており、人類は慎重に「遺伝子に手を加える医療」と向き合っています。TNGの世界観は、人類がかつて引き起こした戦争のトラウマから極端な規制を敷いていますが、これは歴史的事情によるもので、現代の倫理感覚とは必ずしも一致しません。
またTNGでは他にも医療倫理テーマのエピソードがありました。終末期医療と安楽死については「愛の杖(Half a Life)」でトゥラクシア人が60歳で自発的に人生を終える慣習を描き、連邦の登場人物たちが葛藤しました。この習慣は現代の倫理から見ると強制集団自殺とも言えるもので、TNG劇中でも賛否が割れました。最終的に当人は文化を選び命を絶ちますが、現在の人権意識では個人の年齢のみで死を強要する制度は受け入れられません(昨今議論の安楽死・尊厳死とも根本的に異なるものです)。また患者の同意と治療拒否に関しては、クリンゴン人ウォーフが重傷を負った際、自らの名誉のため治療より死を望む場面がありました。ライカー副長は友人として苦悩しつつもその意向を断り、代わりに治る可能性のある道を模索します(ウォーフが心変わりし実験手術を受けたため結果的に救命)。この描写は、現代でもし患者が治療拒否を望んだ場合に医師がどう対応すべきかという問題に通じます。基本的に現代医療では患者の意思尊重が原則ですが、ウォーフの場合は心理的動揺下の決断だったため、最終的に救命を選んだ判断は妥当とも言えます。
未だ実現していない技術・概念: TNGで描かれた医療技術の中には、21世紀現在でも到達していないものが多くあります。例えばレプリケーターと呼ばれる物質製造装置は、医療の面でも薬剤や医療器具を瞬時に生成する夢の技術でした。現代でも3Dプリンターで人工骨や歯のインプラントを作成することはありますが、TNGのように原子レベルであらゆる医薬品を即座に合成する技術は存在しません。またホログラムを用いた医療トレーニングもTNGの時代には見られましたが(ホロデッキで緊急医療シミュレーションを行う等)、現代ではせいぜいVRや高精細マネキンを使ったシミュレーション訓練が限界ですjustice.salon。TNG最終回ではデータ少佐がナノマシンを使って一時的に脳を修復するシーンがありましたが、体内で自在に振る舞うナノロボット医療はまだ研究段階です。さらに、TNGには冷凍保存された20世紀人類を蘇生させる話(「未知への旅立ち」)がありますが、人体冷凍保存は現代でも実験的であり、冷凍された人間を蘇生させた例はまだありません。またTNGで描かれた人工知能であるデータは医学ではありませんが、人間並みの高度AIの例として登場しました。医学分野でもデータのようなAI医師が理論上は可能ですが、現在のAIは限定的な診断補助がやっとであり、意思や良心を持つ存在ではありません。TNGで提示された「人格を持つAIとの共存」という未来像は、医療AIの今後を占う意味でも興味深いですが、2025年時点では実現には程遠い状況です。
スタートレック: ディープ・スペース・ナイン (DS9, 1993–99)
達成された技術・思想: 『ディープ・スペース・ナイン』(DS9)では宇宙ステーションが舞台となり、多種多様な種族が行き交う中での医療が描かれました。医療主任ジュリアン・ベシア医師は地球人ですが、ベイジョー人、クリンゴン、カードシア人など異星人の患者も治療します。彼は遺伝子操作で知能を強化された人間という秘密を持っていましたが、その才能で難病の治療法を発見することもありました(例:ドミニオンが造った不治のウイルス「クイックシンドローム」に唯一の治療策を見出した)justice.salon。この姿は「未来医療の可能性と危うさ」を象徴しており、彼自身が禁忌とされる存在でありながら医学に貢献するという皮肉が描かれていますjustice.salon。現代でも人間の遺伝的才能の活用について議論がありますが、ベシアの描写は「科学の進歩による新たな治療」と「人為的改造への警鐘」の両面を示しており、非常に示唆的です。DS9ではまた、戦時下の医療もテーマとなりました。ドミニオン戦争では負傷兵が大量に発生し、トリアージ(治療優先度の選別)のような非常措置も示唆されています。DS9の登場人物ノーグ少尉が戦闘で脚を失い、生体義足を装着するエピソードでは、義肢への適応と戦争トラウマ(PTSD)がリアルに描かれました。彼はホログラムの娯楽プログラム(ヴィックのラウンジ)に籠もり心の癒やしを得ますが、これは現代でも心理療法やリハビリテーションに娯楽やバーチャル体験を用いる手法に通じます。義足自体も、24世紀では生身同然の機能を持つものが与えられました。現実の義足技術も近年飛躍的に進歩し、神経接続による動作やフィードバックを持つものが試作されています。ノーグのケースは、身体障害と心のケアという統合的リハビリの重要性を示し、これは現代リハ医療でも重視される観点です。
DS9では医療制度にも一石を投じるエピソードがありました。連邦外のある惑星では、患者を社会に有用かどうかでランク付けし治療リソースを配分する極端な医療制度が登場します(VOYの「臓器狩り(Critical Care)」エピソードで描写)them0vieblog.comthem0vieblog.com。これは明確に現代の医療格差への風刺であり、連邦の医師であるドクターがその非人道性を糾弾しました。実際、現代社会でも医療へのアクセスは経済力や社会的地位に左右されることが多々あり、DS9/VOYが提起した問題は今日的です。ただし連邦自体は前述のように平等医療が行き渡っており、そうした意味で理想的な医療システムを体現しています。現実には多くの国が国民皆保険を達成しつつも、米国のように市場原理が強い国では依然格差が問題ですthem0vieblog.comthem0vieblog.com。DS9はこの相反する体制を描くことで、医療の公平性という倫理課題を浮き彫りにしました。
矛盾・見直された要素: DS9には陰鬱な側面も含め、現代倫理から疑問視される要素があります。特に議論を呼んだのは、「セクション31」という連邦の秘密組織が行った生物兵器的策略です。彼らは戦争に勝つため、敵種族(シェイプシフターである創設者)に不治のウイルスを密かにばら撒きました。これは現代の国際法では到底許されない生物兵器の使用であり、作品中でもベシア医師らが強く非難し、解毒剤を開発して被害者を救っています。連邦の理念から見ても背徳的な行為で、本来のスター・トレックの倫理観と明確に矛盾するものとして描かれました。現代社会でも、生物兵器は禁止条約があるもののそのリスクは存在し、DS9は「高潔な組織ですら暗部を持つ」という警鐘を鳴らしたと解釈できますが、医療倫理的には断じて肯定されない行為です。加えて、ベシア自身のバックストーリーである違法な遺伝子強化も連邦法に反する設定でした。幼少時に知能向上の操作を施した両親は投獄され、ベシアもその秘密を明かせずに苦しみました。現在の倫理でも、生殖系列への遺伝子改変は厳しく規制され(例えばデザイナーベビーを産もうとした中国の科学者が国際非難を浴びました)、ベシアの存在は倫理的タブーとして扱われています。ただ一方で、彼がその違法な才能を善用し多くの命を救った事実は、「規則」と「救命」の板挟みという難題を示しました。現代でも医師は法律と倫理に縛られますが、非常時に規則を破ってでも患者を救うべきかというジレンマはありえます。DS9は架空の遺伝子操作という形でそれを描きましたが、本質的な葛藤は現代にも通じるものです。
DS9ではまた、終末医療や生命維持についても問いかけがなされています。ベイジョー指導者バレルが重傷を負った際、医療チームは彼を生かすため体の大半を機械化しましたが、徐々に本人の人格や意思決定が失われ、最終的に恋人であるキラ少佐は延命装置を外す決断をします。このエピソード「生命の炎 (Life Support)」は、現代の集中治療における延命治療の是非や、患者本人の意思が不明な場合の対応というテーマと重なります。DS9では苦渋の末に「自然な死」を受け入れましたが、21世紀の医療でも植物状態の患者の生命維持をいつまで続けるかは倫理委員会で審議される難題です。DS9の描写は、「技術で肉体を延命できても魂(人格)を救えないなら意味があるのか?」という問いを投げかけ、現代の終末期医療の議論とも共鳴しています。
未だ実現していない技術・概念: DS9の時代の医療技術はTNG同様高度であり、多くは現代に存在しませんが、中でも特徴的なのは多種族医療でしょう。医師は複数の異なる解剖学・生理学を持つ種族を治療しなければなりません。例えばベシアはクリンゴンの解剖を勉強し、輸血の際には種族間非適合に悩みました(実際、あるエピソードでウォーフが憎むロミュランへの輸血提供を拒否し患者が死亡する事態がありましたが、連邦法では強制できず倫理的課題となりました)。21世紀現在、人間医師が異なる種(例えばチンパンジーや他の動物)の治療をすることはありません。仮に将来異星人と交流するようになれば、医学教育自体が大きく変わるでしょう。またDS9にはテレパシー能力種族(ベタイゾイドやプロフェットの超常存在)も関与しますが、精神疾患やメンタルヘルスの領域でテレパシーによる診断・治療などは当然現実にはありません。DS9後半では、ホログラムの娯楽キャラクター(ヴィック)が人間の心のセラピスト役を果たしました。これはある意味AIカウンセラーですが、現代には自己意識を持つAIセラピストはいません(AIチャットボットがカウンセリング補助に使われ始めた程度です)。DS9終盤にはホログラム医療記録のようなものも登場し、ベシアが患者の体内映像をホログラフィックに投影して説明する場面がありました。これは先進的なAR/MR技術に相当します。現代でも解剖画像を3D表示する医療教育ツールはありますが、患者個人のデータを即座にホログラム展開して治療に活かす域には達していません。総じて、DS9の医療は戦時下もあって陰影が深く、倫理的葛藤と高度技術が交錯しました。その多くは現代で部分的に実現しつつあるか、依然遠い未来技術と言えます。
スタートレック: ヴォイジャー (VOY, 1995–2001)
達成された技術・思想: 『ヴォイジャー』(VOY)は、宇宙艦隊の医療技術と倫理観を考察する上で特に興味深いシリーズです。何より特筆すべきは、緊急医療ホログラム(EMH)こと「ドクター」の存在です。彼はホログラム投影されたAI医師で、船の医療データベースと幾多の名医たちの知識をプログラムされた存在でしたholoconnects.comholoconnects.com。乗員の真人間の医師が死亡したため、当初は非常用だったホログラム医師がフルタイムで乗組員の命を預かることになり、結果としてAIドクターが人間と肩を並べて医療を担う物語が展開しましたholoconnects.comholoconnects.com。現代でも遠隔医療やAI診断支援が進んでおり、一部では医師がホログラム映像で患者と対面する実験も行われていますholoconnects.com。例えばホロコネクツ社の“HoloBox”は医師を等身大ホログラムで患者の自宅に映し出し対話できるシステムで、隔絶地でも専門医の診療を受けられる可能性を示していますholoconnects.com。これは完全なEMHではないものの、テレホログラム診療というべき技術で、VOYが描いた未来に一歩近づいています。さらに、VOYではドクターがモバイル・エミッターという携帯端末を得て自由に行動できるようになる展開がありましたholoconnects.com。現実にはホログラムそのものに質量を持たせる技術は未成熟ですが、遠隔操作ロボットにAI医師が搭載され動き回るようなコンセプトは検討されています。昨今、手術用ロボットを遠隔操作して離れた患者を治療する遠隔外科手術の実証もありますので、EMH的な存在への布石と言えるでしょう。
VOYでは再生医療やナノテク医療の描写も目立ちました。例えばボーグ由来のナノプローブ(超小型ロボット)が体内で損傷を修復するアイデアが登場し、ドクターはそれを利用して難病を治療することもありました。これは現代で研究中のナノマシン医療に相当し、将来的にがん細胞だけを攻撃するナノロボットなどはVOYの発想に近いものです。実際、マウス実験ではナノマシンで腫瘍を縮小させる成果も報告されており、部分的にVOYの先見性が現実化しています。ただし、VOYのように即座に体組織を再生したり感染症をナノ秒で治すレベルには至っていません。VOYでは他にも遺伝子治療が描かれました。例えばビラナ・トレス少尉(クリンゴンと人間のハーフ)は、自身の子がクリンゴンの特徴を受け継ぐことを懸念し、胚の遺伝子操作で ridges を消そうと試みるエピソードがありました(結果的に倫理的葛藤から思い留まる)justice.salon。これは現代のデザイナーベビー論争を予見しています。実際に2020年代には受精卵のゲノム編集を行おうとする動きが物議を醸しましたが、VOYはその是非をいち早くドラマに取り入れました。主人公側は安易な遺伝子改変に否定的で、現実の医学界の慎重姿勢と整合的です。
VOYでは異星人医療文化との遭遇もしばしば描かれました。デルタ宇宙域で出会ったヴィディア人は、不治の難病「ファージ」に苦しみ他者から臓器を盗んで生き延びるという極端な医療倫理を持っていました。彼らは臓器移植のため殺人すら厭わない種族として登場し、ドクターや乗組員は衝撃を受けます。これは「資源不足が倫理を変容させる」悪例として描かれ、臓器欲しさに犯罪が起きる設定は、現実でも臓器売買や移植ツーリズムといった問題に通じます。もっともヴィディア人は後にドクター達との交流で医療協力の芽を見せ、現実同様国際的な医療支援や知識共有が病克服の鍵となることを示唆しました。
矛盾・見直された要素: VOYは医療AIの人権問題に踏み込みました。ドクターは単なるプログラムから個性ある人格へ成長し、自らホログラム小説「光子よ自由なれ (Photons Be Free)」を書いて、ホログラム労働者が置かれた差別的境遇を告発しましたjustice.salon。劇中では彼の著作権や人格権を巡り議論が起こり、「ホログラム医師にも人権はあるのか?」というテーマが提示されますjustice.salon。これは明らかに現代の視点で言えばAIの権利という先鋭的テーマです。2025年現在、AIは法律上「もの」であり、人権主体ではありません。しかし、仮に将来AIが高度に発達し感情や意識を持つなら、VOYのドクターのようにAIに人間と同等の人格的権利を認めるかという倫理問題が現れます。VOYはそれを先取りしましたが、現実には未解決であり、現代倫理ではなおSF的な問いです。同様に、VOYのドクターは当初医療システムの所有物扱いでした。乗員からぞんざいに扱われ葛藤する姿は、現代で言えば研修医や医療ロボットが軽視される状況に重ねることもできます。現在の医療AIはツールに過ぎず感情もありませんが、VOYの描写は「扱われ方次第でAIも傷つく」と表現しており、これは医療従事者の待遇問題にも通じる寓意でしょう。
VOYにはまた、「患者の同意と倫理」に関する難題エピソードがあります。例えば「無からの贈り物 (Nothing Human)」では、重傷のトレス少尉を救うため、かつて大量虐殺実験を行ったカーデシア人医師の知識(ホログラム)をドクターが参考にします。トレスはその事実を知り「そんな悪魔の知識で自分を治療しないで」と拒否しますが、最終的に命を救うため治療は実施されます。治療後、彼女は怒りを露わにし、艦長は「同じ状況なら再び命令する」と述べます。この件は現代でいえば、ナチスの非人道的実験データを現代医学に利用すべきかといった問題に相当します。多くの医師はそのようなデータ使用に倫理的抵抗を覚えますが、一方で人命救助のためには使うべきだと考える意見もあります。VOYの結末は患者の感情を無視してでも命を優先しましたが、現代倫理では非常に繊細な問題です。一般には被験者の犠牲の上に得られた知見でも、人命救助に有用なら条件付きで参照される場合があります(例えば戦時のデータを平和利用するケース)。しかし患者本人の同意無しに進める是非はケースバイケースで、VOYの強行は批判も招きました。
もう一つVOYで議論となったのは「トゥーヴィックスの件」です。転送事故で融合してしまった2名の乗員(タクサン人ネリックスとバルカン人トゥヴォック)が、新たな人格「トゥーヴィックス」として生まれます。彼は分離手術を拒否しましたが、艦長ジャネウェイは元の2名を復元するため本人の意思に反して分離=トゥーヴィックスを消滅させました。この決断は「1人を犠牲に2人を救う」選択ですが、現代倫理では当人の同意無き侵襲手術かつ結果的に一個の人格を抹殺する行為であり、到底認められません。VOY劇中でも苦い空気が流れ、倫理的にも後味の悪いエピソードとして語られます。このように、VOYはクルーが極限状況に追い込まれる設定ゆえ、現代の倫理から逸脱する描写も見られました。しかしそれも含めて、医療倫理の複雑さを浮き彫りにしています。
未だ実現していない技術・概念: VOYの舞台は遠隔地デルタ宇宙域であり、補給や外部支援なしで医療問題を解決しなければなりません。そのため、万能の医療コンピューターや高性能な医療設備が描かれました。例えば緊急時にドクターは転送装置を改造して患者の体内から病原体だけを削除したり、光子トリコーダーで未知のウイルスを即分析したりしました。これらは21世紀でも不可能です。またドクターは人間を超える速さで膨大な論文に目を通し、未知のエイリアン生理も短時間で理解します。AIが医学知識を瞬時に処理する部分は現代でもIBM Watsonなど試みがありましたが、未知の疾患に対処できるレベルには至っていません。VOYでは船内レプリケーターで必要な医薬品を合成し、臓器は場合によってはクローン培養する描写もありました(例:ネリックスの肺が盗まれた際、代替策として一時的にホログラム肺を投影しましたが、最終的にドナーから移植を受けました)。ホログラム肺で延命するなど現実にはできませんし、レプリケーターで生体臓器を作る技術も存在しません(現代では3Dバイオプリンティングでミニ臓器を試作する段階ですjustice.salon)。またVOYの宇宙艦隊クルーは数々の未知のウイルスや奇病に遭遇しましたが、その多くをドクターやセブン・オブ・ナインの知恵で克服しました。未知の感染症への即応体制という点では、現代も新興感染症(例:COVID-19)に対しワクチン開発など迅速化が図られていますが、VOYほど毎回短期間で解決できるわけではありません。最後に、VOYドクターのような自己進化する汎用AI医師は現在存在せず、医学AIは限定的タスクしかできません。感情や創造性、倫理判断まで備えた医療AIは、技術的にも社会的にも実現していない未来概念です。
スタートレック: エンタープライズ (ENT, 2001–05)
達成された技術・思想: 『スタートレック:エンタープライズ』(ENT)は時間軸的に22世紀前半、人類が宇宙進出した初期の物語で、他シリーズより医療技術が素朴です。宇宙艦NX-01には地球人初の長期深宇宙任務クルーが乗り組み、船医のドクター・フロックスはデノビュラ星人(異星人)でした。彼はデノビュラの医学知識と地球の初歩的医療を組み合わせ、未知の病や怪我に対処しましたjustice.salon。興味深いのは、フロックス医師が伝統療法と先端医療を融合する描写です。彼は自ら異星の動植物を医療目的で持ち込み、怪我に軟体動物を貼り付ける、生体寄生虫で感染症治療を試みるなど、「生物による治療(生物療法)」を好みましたjustice.salon。これは一見奇異ですが、現代でも蛭による血流改善や蛆による創傷清拭など、古典的生物療法が見直されています。フロックスのやり方は統合医療の先駆けとも言え、薬草から最新科学まで柔軟に用いる姿勢は現代にも通じます。またENTの時代はまだ医療設備が簡素で、トリコーダーも解析能力が限定的でしたjustice.salon。フロックスは「医師の経験と創意」でそれを補い、クルーを何度も救いましたjustice.salon。このような医師個人の裁量に頼る医療は、現代で言えばへき地医療や宇宙飛行士の極限状況下の医療に近いものです。実際、ISSの宇宙飛行士は限られた医療リソースの中で工夫して対処することが求められますが、ENTはまさにそのようなパイオニア時代の医療を描いており、現実の有人宇宙探査でも参考になる知見を含みます。
矛盾・見直された要素: ENTではプリミティブな反面、倫理的に議論を呼ぶエピソードがいくつかありました。最大のものは「親愛なる医師 (Dear Doctor)」で描かれた種の自然淘汰への介入拒否です。フロックスとアーチャー船長は、遺伝病で滅亡しかけている惑星種族(ヴァルキアン)から治療薬を求められます。フロックスは治療法を発見しますが、その惑星には進化途上の別種族が共存しており、「今この病気でヴァルキアンが衰退するのは進化上必然で、介入すればもう一方の種の台頭を妨げてしまう」と判断、治療法を提供しない決断をしますen.wikipedia.orgen.wikipedia.org。結局、対症療法のみ与えて彼らの運命を見守る形で幕を閉じました。この結末は放送当時から物議を醸し、「種の絶滅を見殺しにするとは道義に反する」との批判が現在でも根強いです。実際、批評家のキース・デキャンディードはこのエピソードを「道徳的に嫌悪すべきでフランチャイズの汚点」とまで酷評していますen.wikipedia.orgen.wikipedia.org。現代の医療倫理では、医師は目の前の患者集団を救えるなら救う義務があります。惑星全体が患者の場合でも、それが他種族の進化に影響するとしても、人道的見地から治療を差し控えるのは受け入れ難いでしょう。フロックスとアーチャーの決断は後の連邦のプライム・ディレクティブ思想の原型とも言えますが、「医師として正しかったのか?」という点では現代の倫理と強く対立します。このエピソードはスター・トレックシリーズ全体でも屈指の倫理的論争点であり、現代ではむしろ反面教師的に語られることが多いですstartrek.com。同様にENTには「シミリチュード (Similitude)」という難題もありました。瀕死の主任エンジニアを救うため、クルーは彼のクローンを人工的に快速成長させ、そのクローンから臓器を摘出して本物を救うという措置を取ります。クローンはわずか2週間の寿命でしたが人格を持ち、自らの死期を悟りつつ提供を受け入れました。このストーリーも「倫理的に許されるのか」と大きな議論を呼びました。現代クローン技術では人間クローンは非合法であり、ましてやクローンを臓器農場にするなど倫理的に断じて認められません。ENTは苦境の中での究極の選択として描きましたが、現代なら他の代替策(例えば拒絶反応を抑える人工臓器やブタ由来臓器移植など)の研究を模索するでしょう。ENTが提示したクローン利用は、現在の倫理基準では完全に否定されます。
またENTでは、フロックスが異文化人としての価値観を見せる場面もあります。例えばある回で乗員がエイリアン寄生虫に侵され死亡しますが、フロックスはその生命サイクルを見守りつつ独自に解毒策を編み出しましたjustice.salon。さらに「Stigma」では、当時タブー視されていたバルカン人の精神的病(パーン症候群)に対し、フロックスが寛容に治療協力する一方、バルカン社会は偏見に満ちた対応をしました。これは明らかにエイズ/HIVに対する偏見を想起させ、医療におけるスティグマ(烙印)問題を扱ったものです。現代でもHIVはかつて酷い偏見があり、ENTの描写はその社会問題を反映しています。フロックスは異文化間の橋渡し役として、患者を偏見から守ろうとしました。こうした姿勢は、現代医師にも求められる**文化的コンピテンシー(文化的適応力)**そのもので、ENTのメッセージ性の一つになっています。
未だ実現していない技術・概念: ENTの医療技術は他シリーズより未熟とはいえ、22世紀設定のため現代を凌駕する点もあります。例えばフロックスは様々なエイリアン生理を習得していましたが、21世紀現在、人類以外の知的種族はいないため比較しようがありません。ただ、人類が将来火星や遠洋宇宙へ移民した際に、異環境への適応や突然変異が起きれば「新しい人類種」への医療が課題になる可能性はあります。またENTではクルーが冬眠して長期航海する、「クリオステシス」という技術も登場しました(極限状況で乗員を仮死状態にしてフロックス一人が船を維持する回がありますjustice.salon)。これは現代で研究中の人体冬眠(人工的な低代謝状態誘導)に似ています。NASAも将来の火星飛行で乗員を冬眠させる構想を検討していますので、ENTの描写はあながち荒唐無稽ではなく、むしろ科学的アイデア先取りでした。しかし実用化はまだ先の話です。さらに、ENT時代には皮肉にも遺伝子工学の知見が一部失われます。劇中で20世紀の「優生人間」たちの胚が発見され騒動になる三部作では、人類が遺伝子改造技術を恐れ手を出さなくなった様子が描かれました。結果として治療的応用も停滞した節があります。21世紀の現実では遺伝子治療がむしろ進みつつあり、ENTの歴史とは異なる道を辿っています。またENTではワープ速度や医療設備が限られるため、重傷者はしばしば近くの星の高度医療施設に運ぶ描写がありました。現代でもドクターヘリ等で患者を専門病院に搬送しますが、惑星間搬送はもちろん出来ません。ENTの時代にはそれが叶い始めたものの、まだまだ医療拠点が少なく、「船内ですべて完結させねばならない」状況でしたjustice.salonjustice.salon。これは辺境医療に近く、現代も災害現場や南極基地などで似た課題があります。ENTは未来の話ですが、むしろ「限られた医療リソース下での創意工夫」という普遍的テーマを示した点で、現代にも通じるものがありました。
スタートレック: ディスカバリー (DIS, 2017–)
達成された技術・思想: 『ディスカバリー』(DIS)はシリーズ中やや異色で、当初はTOS前の2250年代を描き、その後遠い未来(32世紀)へと舞台が飛びます。2250年代の医療技術はTOSより進んだ描写もありました。例えばディスカバリー艦ではホログラム通信が導入され、離れた医師や司令官のホログラム映像と対話できましたholoconnects.com(ピカード艦長がいた2360年代ではまだ実用化されていなかった技術ですが、DISでは一時的に先行導入された設定です)。現代でも遠隔カンファレンスやリモート手術支援が行われており、ホログラム通信はその延長線と言えます。ただDIS劇中では不具合もあり、この技術は一旦廃れたとされますholoconnects.com。医療主任ヒュー・カルバー医師は、シーズン1で死亡した後、胞子ネットワーク上に残存していた意識が肉体を再構築され蘇生するという超常的体験をします。これは科学というよりSF的ファンタジーですが、肉体の死を乗り越えて意識が保存・復元されるというテーマは、現代のマインド・アップロード論にも通じるものです。実際、意識のデジタル化や脳コピーは一部の未来学者が唱えるテーマですが、DISではそれを胞子ネットワークという架空の基盤で実現しました。現代科学では意識の保存は全く未知の領域であり、DISの描写は純粋なフィクションです。しかしカルバー医師は蘇生後、自身の死と復活の経験からクルーのメンタルヘルス重視へと姿勢を変えましたjustice.salon。シーズン3以降、彼は医師であると同時にカウンセラー役も担い、未来世界の中でクルーの心のケアに尽力しますjustice.salon。これは、現代医療でも心身両面のケアが重要との認識が高まっていることと合致します。特にパンデミック後の医療現場ではメンタルヘルス支援の重要性が叫ばれており、カルバーの役割は**総合的治療(ホリスティックケア)**の体現と言えます。
矛盾・見直された要素: DIS前半は戦時下(クリンゴン戦争)のストーリーで、一部に過激な決断がありました。例えばあるエピソードでは、敵に囚われた艦長を救うため、スタメッツ大尉が自らのDNAを改造し大型生命体と遺伝子融合してしまいます(胞子ドライブ制御のための措置)。このような人体改造は連邦の禁忌に反するはずですが、非常時ゆえ黙認されました。現代でも人間が動物の遺伝子を取り込むような治療はあり得ず(キメラ技術は研究段階ですがヒトへの臨床適用は倫理的に禁止)、DISの描写は非常に逸脱しています。また32世紀の医療では、トリル人女性の意識がAIデータベースに一時保存されるなど、意識のデジタル化が示唆されましたが、これも現代倫理では議論すら難しいテーマです。DISでは他に大きな医療倫理違反は表立って描かれていませんが、シーズン4では銀河規模の災害による難民やPTSD、孤児問題に焦点が当てられ、医療と言うより人道支援がテーマとなりました。21世紀の現実でも災害医療や難民医療は重要課題であり、DISが扱った人々の苦しみとそれに向き合う連邦の姿勢は、現代社会への批評と言えます。
未だ実現していない技術・概念: DIS後半の32世紀は、もはや現代から見て非常に遠い未来です。ここではプログラマブルマターという物質が登場し、医療器具も瞬時に形作られます。手術室では自己調整型の手術フィールドが描かれ、患者を触れずに治療する様子もありました。これらは31世紀以降に開発された架空技術で、21世紀に存在しないのは言うまでもありません。DISで特筆すべきなのは、32世紀連邦があまりに進歩しすぎていたため、主人公たちがその技術に追いつくため苦労する点です。医療に関しては、幸いカルバー医師が通常の治療で十分活躍でき、未知の病原も伝統的な調査で解決しています(例えば連邦復帰したディスカバリー艦が、未来の医療本部と協力して新しい重力症候群の治療法を見つけるなどのシーンがあります)。これはドラマ上の都合でもありますが、どれほど技術が進んでも医師個人の洞察とチーム協力が不可欠というメッセージとも取れます。現代でもAIやロボットが進出しても、最終判断は人間の医師が担っているのと共通です。DISの32世紀テクノロジーは現実には夢物語ですが、その中核にある人間味や倫理観は普遍的であり、現代医療が忘れてはならない点を逆に教えてくれます。
スタートレック: ストレンジ・ニュー・ワールズ (SNW, 2022–)
達成された技術・思想: 『ストレンジ・ニュー・ワールズ』(SNW)はTOSの約10年前(2250年代後半)のエンタープライズ号を描いており、医療技術もTOS時代相当ですが現代の感覚でアップデートされています。船医ムンブンガ医師と看護師クリスティーン・チャペルが主要な医療スタッフで、TOS当時男性中心だった医療陣に女性や黒人医師が活躍する点は、多様性が尊重される現代的視点です。SNWで特徴的だったのは、ムンブンガ医師が難病の娘を転送装置のバッファ内に格納して病状の進行を止めていたという設定です。これはある意味、転送技術を利用したコールドスリープ治療であり、現実には存在しませんが、重病患者を冷凍保存して未来の治療法に賭ける現代の人体冷凍保存(クリオニクス)の発想に似ています。劇中、娘は最終的に異次元の存在の助けで治癒し旅立ちますが、それまで父親が行っていた時間稼ぎのための保管は、現代でも理論的に検討されるアイデアです(例えば凍結ではなくナノマシンで細胞活動をスローダウンする研究など)。SNWではまた、チャペル看護師が遺伝子改変薬を開発し、乗員の見た目を一時的に変えるシーンがありました。これは遺伝子治療薬による短期フェノタイプ変化で、現在の医学では不可能ですが、整形手術や劇薬で容姿を変える行為のメタファーとも捉えられます。またシーズン1では放射線被曝を瞬時に治癒する光学治療装置が登場しましたが、現実には放射線障害を即座に回復させる手段はなく、この点も未来技術です。
矛盾・見直された要素: SNWはクラシカルな冒険譚の色彩が強く、医療倫理の踏み込んだ問題は控えめです。ただ、あるエピソードでは重傷を負った乗員ヘンマーが体内にエイリアンの幼生を寄生され、救命不能となった際、自ら命を絶つ選択をしました。乗員達は彼の意思を尊重し見送りました。このケースは自己犠牲的な尊厳死とも言えます。現代でも、治癒見込みのない末期患者が自ら延命治療を拒否することは尊重されますが、ヘンマーの場合は他者を守るため自死を選んだ点でやや特殊です。連邦では安楽死の是非はシリーズ通して明確な統一見解は示されませんが、SNWのこの場面は「死も一つの選択肢」と示唆したとも受け取れ、命最優先の現代医療倫理とは一線を画します。ただし状況が特殊すぎるため、これをもって連邦医療倫理全体が現代と矛盾すると言うのは早計でしょう。むしろ個々人の文化的背景や信条に配慮した結末と見るべきかもしれません。もう一点、SNWで問題となったのは一部の種族(イリアリア人)が遺伝子改変者であったことに対し、連邦に加入できないという設定です。これは連邦の反優生政策の表れですが、有能な士官であるユナ少佐がその出自を偽っていたことで裁判沙汰になりました。最終的に彼女個人は恩赦されましたが、連邦の方針自体は維持されています。現代では出生時の親による違法な遺伝子操作例はまだ現実で起きていませんが、仮にそのような人が社会で活躍しようとした時、SNWのような差別や法的制約があってはならないという声が出るでしょう。この点で、SNWに見る連邦法は現代人権感覚では不当とも思えます。ただしこれも架空の歴史(優生戦争)に基づくフィクション上の設定です。
未だ実現していない技術・概念: SNWに登場する医療ガジェットは基本的にTOS準拠ですが、映像技術の進歩でより具体的に描かれています。例えば生体モニターは3Dホログラム表示になっており、傷の様子などを立体的に確認できます。また高エネルギーのレーザー手術具や多機能スキャナーが活躍します。これらは現代にも部分的にありますが、劇中ほど万能ではありません。SNWで設定上特に高度だったのは、エピソード「奇跡の子」に見られる異星文明の医療技術です。ある星では一人の子供の脳を生体コンピューター化し、その生命エネルギーで都市全体のシステムを維持していました。これは人体を部品化する非人道的テクノロジーですが、そんな発想をする高度文明すら描いた点でSF的です。当然現代には存在しないし倫理的にもあり得ない技術です。SNWの医療描写は総じてTOS時代の価値観を尊重しつつ現代的リアリティを加味しています。したがって完全な架空技術以外では、さほど現代とギャップはありません。むしろ優秀な女性看護師が遺伝子工学や化学に通じている(チャペルは治療薬開発で大きな役割を果たします)点など、現代の専門看護師・PAのような存在も描かれており、医療チームの多職種連携が垣間見えるのは現代的です。結局のところ、SNWは医療を大きな対立軸には据えていませんが、細部に未来技術と倫理のヒントを散りばめています。
スタートレック: ピカード (PIC, 2020–)
達成された技術・思想: 『ピカード』(PIC)は24世紀後半〜25世紀初頭の世界を描き、TNG後の登場人物たちも再登場します。医学的に最も衝撃的な描写は、ジャン=リュック・ピカード元艦長が肉体の死を迎えた後、その意識と記憶が完全にデジタルコピーされ、新たな人工肉体(ゴーレム)に移されたことです。これは事実上、人間の意識転送・デジタル不老化の実現を意味します。現代では脳の全構造をスキャンしてコンピュータに移し替える技術は存在せず、脳死した人を別の身体に甦らせることもできません。ゆえにピカードのケースは完全なSFですが、一部の科学者は将来的に可能ではないかと予測する概念でもあります(いわゆるマインドアップロード)。PIC劇中ではこの技術も倫理的に慎重に扱われ、ピカードには普通の人間同様の寿命制限が設けられました。これも興味深い点で、不死を良しとせず人間らしさを保つ判断がなされたわけです。現代社会でも、不老不死の技術が仮に出来ても倫理的・社会的課題が山積みでしょう。PICはそれを先取りして描いています。
またPICでは、かつてデータ少佐のいた合成人間(シンス)が社会問題になっていました。合成生命体に対する偏見と恐怖から、一時期連邦は合成人間を全面禁止します。しかしシーズン1終盤で彼らの人権を認め、和解に至ります。これはAIや人工生命に対する人類の向き合い方という壮大なテーマです。現代でも高度AI(たとえばヒューマノイドロボット)が増えてきた時、権利や市民権をどう考えるか議論がありますが、PICはそのAI人権問題を正面から扱いました。ただし医学的側面で見ると、PICの合成人間(シンス)は高度なサイバネティクス技術の産物であり、サイボーグ医療の極致とも言えます。21世紀にはすでに心臓ペースメーカーや人工内耳といった埋込型デバイス、さらには義手義足と神経接続するブレインマシンインターフェースなどがあります。それらは人間を部分的に機械化するもので、ゆくゆくはサイボーグ技術が進んでいく可能性があります。PICが描いた完全な合成人間は遥か未来ですが、その萌芽は現代に存在します。
矛盾・見直された要素: PICはTNG時代よりダークで現実的な世界観を持ち込みました。医療倫理で特に目立つ矛盾はありませんが、強いて言えば合成人間禁止政策は現代の目から見ると人種差別にも等しい極端な措置でした。作中でもそれは誤りとされ撤回されます。これは、未知のテクノロジー(シンスが起こした火星暴走事件)に対して恐怖から過剰反応した人類の姿ですが、現代において例えば遺伝子組換え技術やAIを全面禁止すべきかという議論と重なります。現実には規制と研究のバランスを取って進めるのが通例であり、PICのような全禁止は行き過ぎでしょう。結果的にPICでも正しい道に修正されました。
シーズン3では、人間と機械(ボーグ)との融合を巡るストーリーが展開しました。新種のボーグウイルスが若い世代に広がり、一斉に彼らを同化支配する事態が発生します。これは生物学的ウイルスとナノテクを組み合わせたような脅威ですが、現代では考えられません。ただ、ある種のメタファーとして、人々が知らぬ間にテクノロジーに支配される恐怖(例えばSNSや脳埋込チップへの不安)を象徴しているとも解釈できます。この件ではスタートレックの伝統的価値観、つまり家族愛と人間性の勝利で危機を脱しますが、医療的には未知の感染症との戦いであり、現代で言えばパンデミック対応に通じる緊急事態でした。ただし正直に言えば、PICシーズン3のボーグ同化現象は科学的整合性よりドラマ性重視であり、現代医学との比較対象にはあまり適しません。
未だ実現していない技術・概念: PICの医療描写で突出するのはやはり意識のデジタル化と合成人間です。これらは21世紀には存在しない概念です。強いて現代との接点を探せば、ブレインマシンインターフェース(BMI)の発達で、人の意思でコンピュータを操作したり、逆にコンピュータから脳に信号を送ったりする技術が実験されていることです。将来的にBMIが極限まで進めば、記憶や人格の複製につながる可能性はゼロではありません。その意味で、PICが描いた未来はSFですが根拠なき空想ではありません。またPICには宇宙艦隊の最新医療設備も登場しました。例えば傷をスキャンすると自動的に診療コードや治療プランが提示される機器などは、現代の電子カルテや診断補助AIの延長にあります。ですがPIC世界の機械はほぼ医師の判断を待たず処置するレベルにあり、これはまだ現実に達していない領域です。また、シーズン2でピカード一行が21世紀の地球にタイムスリップした際、未来の医療デバイスを現代人が目にする場面もありました。ライオネス医師は未来の小型治療装置で重傷者を治療し、「まるで魔法」のようだと21世紀の医師が驚くシーンがあります。こうした魔法のような医療(ノーベル賞級のブレイクスルー技術)は残念ながら今の我々にはありません。一方で、現代医療関係者が見ても驚くような技術(遺伝子治療、ロボット手術、mRNAワクチンなど)はすでに実現しており、50年前から見れば「魔法」でしょう。PICが提示した未来医療も、今はSFですが、数十年単位で見れば意外といくつかは芽吹くかもしれません。
スタートレック: ローワー・デッキ (LD, 2020–) ・ プロディジー (PRO, 2021–)
最後にアニメシリーズの『ローワー・デッキ』(LD)と『プロディジー』(PRO)について触れます。これらはそれぞれ2380年代末~2390年代、および2383年頃が舞台で、基本的な医療技術や社会背景はTNG〜VOY時代と連続しています。
達成された技術・思想: LDはコメディ色が強く、医療もしばしば笑いのタネにされますが、それでも設定上は24世紀末の高度医療が存在します。USSセリトスの猫型異星人医官ドクター・タアナは、最新医療機器を駆使しつつ豪胆な性格で患者に接します。彼女が時折見せる乱暴な処置や型破りな療法は、カートゥーン的誇張ですが、裏を返せば「医療は結果が出れば多少の無茶も許される」という風潮のパロディです。現代ではもちろん安全とエビデンスが最優先ですが、ドラマとして医師キャラの豪快さを笑い飛ばせるのも、連邦の医療技術が盤石で安心感があるからでしょう。LDでは最新の移植技術や治療でクルーがすぐ回復する描写が多く、怪我や奇病が1話内で完治するのが定番です。これは往年のトレックのお約束でもありますが、何でも治せる24世紀医療が前提となっている点で、視聴者も安心して笑える構図です。現実ではさすがに全ての病気が速攻で治るわけではなく、この点はSF的誇張ですが、笑いを交えつつ「医療が進歩したら人々の不安も減るだろう」という前提があるとも言えます。
PROは主に若年層向けですが、医療についても描写があります。宇宙艦プロトスターには医療室と簡易なEMHが搭載されており、子どもたちだけでも自動治療カプセルで怪我を治したりする場面が見られました。これは医療の自動化を示唆しています。現代でもAED(自動体外除細動器)のように専門知識無しでも使える救命装置がありますが、PROではそれがさらに発展し、子どもでも扱える高度医療機器となっています。これは未来への期待とも取れます。実際、医療機器のユーザビリティ向上は現代でも進んでおり、素人でも使える診断アプリや簡易検査キットが増えていますjustice.salonjustice.salon。PROに描かれたような誰でも扱える医療AIがあれば、離れた場所でも基本的な医療行為が可能になるでしょう。それは現代の遠隔医療やセルフメディケーションがさらに進化した姿とも言えます。
矛盾・見直された要素: LDとPROは基本的に連邦の理想をポジティブに描く傾向が強く、医療倫理上の大きな矛盾は見当たりません。ただLDには稀にブラックユーモア的な表現があります。例えばある回で乗組員の一人が死亡した際、クローンやホログラムで入れ替えを提案するような会話があります。現実には倫理的にアウトですが、LDではジョークとして処理されました。このように倫理を踏み越える発想も笑い飛ばせるのは、むしろそれが馬鹿げていると皆がわかっているからです。PROについては、子どもたちが大人の支援なしに医療を行う状況自体が本来あってはならないことです。しかし物語上やむを得ない設定であり、これも深刻には描かれていません。現代社会では子どもだけで治療行為をすることは法的にも禁止ですので、PROのような事態は通常起こりません。この点はフィクションとして割り切るしかありません。
未だ実現していない技術・概念: 両シリーズとも時代設定的には他シリーズと大差ないため、既に述べた未来技術と重複します。LDにはたまにTNG時代の有名な架空技術が再登場します(例:人体を若返らせるトランスポーター事故や、異星テクノロジーによる超高速治癒など)。それらはいずれも現実には実現していませんが、パロディとして使われています。PROではプロトスターの医療設備が最新鋭とされていますが、特段目新しい未来技術は描かれませんでした。ただ、プロトスターの乗組員たちは異種族混成の子どもグループであり、互いの生物学的知識を教え合いながら助け合います。これは多様性社会における医療協働の理想を示唆しているとも言えます。現代でも多文化共生の中で医療者と患者の協働が重視されますので、PROのチームワークはその寓話と解釈できます。
以上、スタートレック各シリーズにおける医療観と現実(2025年時点)の対比を総括しました。総じて言えるのは、スタートレックが描いた未来医療の多くは現代医学の道標になっているということです。「医療用トリコーダー」や「ハイポスプレー」は実際に技術者を啓発し、現実のデバイス開発に影響を与えましたjustice.salonmahannahsscifiuniverse.com。また、医療倫理エピソードの数々は視聴者に難題を提示し、現実の倫理議論と呼応してきました。もっとも、その中には現在の視点から批判されるもの(「親愛なる医師」の判断など)もあります。しかしそれも含め、人類はフィクションから学び、現実の規範をより良い方向に洗練させてきました。一方で、まだスタートレックに追いつけていない技術も多々あります。瞬時の診断・治療、テレポーテーション医療、人工知能ドクター、人間の意識移植…いずれも今なおSFの夢です。しかし人類が「人々を癒やしたい」という普遍の願いを持ち続ける限り、フィクションで描かれた理想の医療に現実が近づいていく可能性は十分ありますjustice.salonjustice.salon。スター・トレックが提示した未来図は、現代の医療者にとって目標であり戒めでもあります。そのビジョンを胸に、我々の医学・医療もより人道的で高度なものへ発展していくことでしょう。
【参考資料】スター・トレック Memory Alpha各項目、Medical Economics記事justice.salonjustice.salon他。
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